月が動くのを見ていた

あの頃は眠れなかった
全世界が敵だった
千の眼がこちらを見ていた
いたたまれずに起き出して
丘の上まで車で行った
月が見える位置に車をとめて
夜が明けるまで眺めていた

月は動くんだ
その淡い輝きから目を背けねば
月は何も語らない
だから穏やかに見つめられる

たとえて言うなら深い海の底で
膝をかかえてうつむくような
楽しい音など聴こえない
優しい気持ちは死に絶えた
窓辺に寝転び月を見上げる
ゆっくりと天空を往く その姿を
夜が明けるまで眺めていた

月は動くんだ
宇宙に静止してるものなどない
月はただそこに在る
自分のちっぽけさに救われる
 

二百年

確かなことは
二百年後に生きている同時代人は いないってことさ
それを思うと 彼らに対して少しだけ
優しい気持ちにならないか?

緑の草が地面を覆う果樹園の片隅に
屋根と壁が白い小屋が建っている
海の方角から落日の光がやってくる

確かなことは
二百年前に生きていた人たちがいたってことさ
見てはいないが そんな彼らに少しだけ
愛しい気持ちを抱かないか?

木々の間にチラッチラッと輝いているのは
黄金を敷きつめた春の海
今日だけを生きれば 二百年は一瞬だ
 

付き合ってるんだ

もうけっこう長いこと付き合ってる
嫌いになったこともあったり
なかなかいいじゃんと思ったり
もうね、腐れ縁と言っても過言じゃない
決して離れられない間柄なんだよ
他に目移りしたこともあるけどな
ぜったい離してくれやしない
でもさ、よくよく考えると
もう何年一緒にいれるだろうとか思うのさ
ここまで付き合ってきたんだし
添い遂げるのも悪くないかなと
そりゃぁ、気に入らない点もそれなりに
ルックスや気立ても満点ってわけにはね
それでも代わりはいないとわかってる
この世を離れたら、たぶんもう会えないんだ
だから味わいつくすのも一興だろうよ
せっかく出会った自分という相棒を
 

どういうつもりで男のおれにそんな名前をつけたのか
父さんはそのとき辛い街角に立っていたのか
それとも幸せにむせていたのか
名前によって引き起こされることがある

好きになった女の人がいた
その人は愛など信じちゃいなかった
いや何一つ信じちゃいなかった
信じないから裏切られて泣くこともない

自己愛を経ずに愛することは難しい
でもそれこそが本当の愛だと思うんだ

女性ライダーと暮らしてた頃
届いた手紙を開封し破り捨てた
そんなの愛じゃないと、どこかで気づいてた
なぜ祝福できなかったのかと、あとで悔やんだ

帰国便のトラブルでトランジットホテルに泊まった
知り合ったばかりの女の部屋で過ごした
羽田に着くと夫が待ってると言った
それでも彼女は夫を愛しているんだろう

自己愛を経ずに愛することは難しい
でもそれこそが本当の愛だと思うんだ

あと少しの資金さえあれば実る事業だった
スポンサーは妻に御執心だった
一夜のデートが出資条件だと察し
出かけてく妻の足音を聴いていた

いつの間にか周りに誰もいなくなった
夜中に何度も目覚めては泣く
今こそ父が名づけた名前を背負い
その意味を噛みしめて歩き出すとき

自己愛を経ずに愛することは難しい
でもそれこそが本当の愛だと思うんだ
 

向こう岸

ぼくがいなくなっても
変わりなくきみの日常は続いていくことを知っている
そのとき
それを悔しく思うだろうか
それとも安心するだろうか
新月が満月に向かうように世界は続いていく

きみがいなくなっても
変わりなくぼくの日常は続いていくことを知っている
そのとき
それを悲しく思うだろうか
それともそれは救いだろうか
陽が沈み また陽が昇り 昨日と違う今日が生まれる
 

透明

そんなに見せようとしなくても ぼくからはちゃんと見えているよ
きみが見せようとするたびに きみは透明になっていく

透明になったきみは さみしさに泣くこともある
けれど涙も透明だから きみの悲しみに誰も気づかない

何を認めてほしいのか 誰から認めてほしいのか
幸福への乗車券を きみ以外の手に握らせないで

よく磨かれたガラスの向こうに きみは立っている
まるで二人の間に 壁などないかのように
 

さよなら

さよならを言おう
さよならを言っておこう
今が幸せでも あらかじめ
別れのときは たぶん言えない

さよならを言おう
さよならを言っておこう
その笑顔が明日も見れると
思っていたのは昨日だった

さよならを言おう
さよならを言っておこう
恐がることは何もない
今はたしかに腕の中にいる

さよならを言おう
さよならを言っておこう
ようやくわかったことがある
さよならは再会の呪文なんだ
 

蟻の行方

ふと思いついて後ろ向きに歩いてみた
後ろ向きなら時間をさかのぼれる気がしたが
そんなことはなかった
どちら向きでも前に進むことに違いはなかった
けっして過去には戻れないと思い知った
道の両側に茂る草や樹木の新緑が獰猛だ
さまざまな生命が前へ前へと進んでいる
アスファルト舗装の道路脇に黒い線が見えた
近づいてみると蟻の行列だった
線は十メートル以上も伸びている
小さな小さな蟻だ
たぶん数万匹はいるだろう
何のためにどこにいくのか
その団体行動は本能なのか
そして己にも問うてみる
何のためにどこにいくのかと
 

611

列車の窓越しに梅雨の田園風景が流れていく
過去は脳裏をよぎるが 未来は未だ来ない
東アジアでは新しい生物の誕生が間近だ
駅から雨の中に歩き出す
キャリーバッグの車輪がゴロゴロと音を立てる
通い慣れつつある道 あと何回くらい歩くのか
慣れは安心につながり 慣れは停滞にもつながる
不安という言葉を みんなよく使うね
不安は未来に属し 現在に事が起きてはいない
起きてくる事に対処していけばよい
対処することが面白いうちは生きていけるだろう
 

リメンバー

初めて会ったときのこと覚えてる?
きみは唐突にそう言った
散歩のさなか
緑の草むらに紅い落ち葉を見つけたときだった
記憶の水の底から きみの顔が浮上してくる
それが出会いのときなのか
恋に落ちた瞬間なのか
初めて愛を交した夜なのか
あまりにも朧げだ

船が岸壁を離れたとき
きみは手を振ったりせずに 真っ直ぐこちらを見つめていた
ぼくの右腕には女物の腕時計が巻かれている
共に旅する気分でいてねと きみの腕からやってきた
船は北上し ナホトカへと向かう
故郷に近づくために故郷から遠ざかるんだ
旅すがら 何度きみを恋しく想ったのか
それとも未知への興味が勝っていたのか
旅を終えて 腕時計は持ち主へと帰り
借り手と貸し手は道に迷う

待ち合わせの喫茶店に きみは先に来ていた
ロングスカートにスニーカーという出で立ち
そう ちゃんと覚えているのさ
初めて会ったときのこと
まなざしは強く 表情は儚げ
カトマンドゥの仏塔に描かれた女神のよう
記憶が幻でないと誰が言い切れるだろう
二十世紀末の場末の映画館
映写機がカタカタと 万華鏡はクルクルと
 

音楽

あなたにとって音楽とは何ですか?
と訊かれたので
他者と自己の間にかかる橋です
と答えた
音楽が奏でられる情景はさまざま
海辺に出かけてハーモニカを吹いたり歌ったり
聴き手は自分とカモメと潮風と
きみのために歌うよとギターを手に取るとき
もちろん 聴き手は きみとぼく
コンサートやレコーディング
演奏の向こうに大勢の顔が見える
オーディエンスは必要ないという人がいる
その人固有の理由があるんだろう
価値観は十人十色だ
奏でる音楽や奏者への好き嫌いはあっても
奏でて楽しむこと自体は素晴らしい
音楽には個と個をつなぐ魔法がある
ぼくにとっての音楽は
自己表現というより他者と関わる手段なんだと気づく
加齢とともに 少しづつ透明になってきている
この世を離れるときには
人間も含めた自然の美と同化したいものだ
そのとき ぼくは みんなの中にいる
 

表現者

表現者の目指すところは
ただそこに居るだけで
その人を見ている人の生きる力になることかなぁ
表現者は
音楽家だったり
絵描きだったり
小説家だったり
ダンサーだったり
ラーメン屋のおやじだったりするが
彼や彼女が今に辿り着くまでの日々を想ってみると
敬意の念を禁じ得ない
人に敬意をいだけるっていいなぁ
おれの人生にそういう人がいていいなぁ
表現者は「自分を表現する」なんて言葉は使わないだろう
それは「頭痛が痛い」と同意語だから
だれも生きているだけで
この不可思議な宇宙を表現しているアーティストなんだ
そう思わないか?
 

抱きしめる

辛いことを告白されたとき
慰めの言葉なんか虚しく感じるなら
ただ黙って抱きしめてあげたらどうだろう

辛いことを告白したとき
慰めの言葉なんかかけてほしくない
ただ黙って抱きしめられたい

それで救えることも
それで救われることも
肉体のあたたかさは心のあたたかさ
 

その男の部屋に入ったとき 目についたんだ
マグカップが置いてあるテーブルに穴が開いていた
直径四、五センチの穴で 縁はなんだかくすんでいる
なんでこんなとこにと訊こうとしたとき
キッチンの壁にかけてあるシャモジにも
窓際のソファにも 同様な穴が見えたんだ
ほんとに愛の形は人の数だけあるんだね

その男はマンホールの蓋に手をかけている
見るともなしに見ていると 蓋が外れた
彼はいったん立ち上がり 姿勢を正した
そうして穴を覗き込み 上半身を差し入れる
深く差し入れ 浅く差し入れ それを繰り返す
楽しげに 何かの歌を くちずさみながら
ほんとに愛の形は人の数だけあるんだね

その男が待ち望むのは 週の中程にある休日だ
朝早くから身支度をして いそいそと出かける
町を出て いつものコースで森へと向かう
車を降りると リュックを背負って歩き始める
人気のない森の片隅で待っているのは巨木
根に近い辺りの小さな穴からは 樹液が垂れている
ほんとに愛の形は人の数だけあるんだね
 

音の記憶

ノイジーな音が彼方から聴こえてくる
それはしだいに近づいてくる
それはしだいに大きくなってくる
おれはどこにいるんだ
立ってもいないし座ってもいない
その音はやがて耐え難くなり
心臓の鼓動にリンクする
ふいに体が揺れ始める
さっと目が覚めた
部屋がきしむ音がする
体も部屋もゆっくりと横に揺れている

ガッシャーン
硬質なものが割れる音がした
振り向くと、きみの手から二つ目の皿が放たれる
きみのお腹は丸くふくらみ
顔つきも以前より険しくなっている
きっと明確な理由などないんだろう
もしかしたらぼくの優しさが気に障るのか
苦痛のシェアなど できやしない
出会った頃のきみの笑顔がよみがえる
ガッシャーン
白い円盤が砕け散る
エイリアンとの交流は失敗かな

ドドーン ドドーン
耳に突き刺さる音は暴力だ
だが、それよりも不気味なのは
砲弾が空気を切り裂いて落下する音
どれほどの確率で、それの直撃をくらうのか
運とはなんだろう
この寒くぬかるんだ塹壕にいること自体
運があるとは言い難い
けどまてよ、まだ生きているのは運がいいってことかもな
ドドーン ドドーン
この音の持つ残酷さは
あったかい指令室で 一応眉をしかめながら
命令を下す奴には けっしてわからない

鳥の声が聞こえる
一つだけじゃない 何種類もの鳥だ
鳥の声が聞こえるうちは地球も大丈夫
そんな気がするんだよ
大地に直に眠る喜びを知ってるかい?
やっと出会えたきみに それを教えたくて
平日のキャンプに誘ったんだ
心が破けたのは一度や二度じゃない
もう人を愛するのはやめよう
なんて やけになってはみたものの
それでも誰かを求めていた
やっと出会えたきみは ぼくの腕枕で
穏やかな寝息をたてている
鳥の声が聞こえるうちは この幸せも続くだろう

アーヮヮヮヮヮヮヮヮ
アーヮヮヮヮヮヮヮヮ
馬上の仲間が雄叫びを放つ
数百騎の戦士が丘を駆け降りる
ライフルを撃ちながら
トマホークをかざしながら
ヒューン ヒューン
丘の下から死の使者が飛んでくる
それらのいくつかは 仲間たちの体を突き抜ける
後方に血と肉を噴出させながら
アーヮヮヮヮヮヮヮヮ
アーヮヮヮヮヮヮヮヮ
敵陣に突入すると あたりはこの世の地獄と化す
金髪の男がのけぞって倒れる
なぜ闘うのか 誰も答えは知らない

部屋に一人でいると 子どもたちの遊び声がする
風に乗って届く子どもの笑い声はいいもんだ
ワイワイワイ
ケラケラケラ
それはエナジーの塊で 世界を浄化してくれる
そんな宝物を毛嫌いする者がいるという
保育園からの声を騒音に感じて 苦情の電話
苦情を吟味せずに受け入れる 事なかれ主義
いずれにしても それは愛から遠い
愛から遠いんだよ
ワイワイワイ
ケラケラケラ
気に障ることもあるだろうさ
そんなときには こう考えてみたらいい
これは人生のリトマス試験紙だと
今が幸せなら 子どもの声は天使の声さ

ドックン ドックン ドックン ドックン
ドックン ドックン ドックン ドックン
そんなことあるもんかと思うかもな
でも、覚えているんだよ
母の子宮でまどろんでいた記憶
聞えてくる音がある
どっどっどっどっ
ドッドッドッドッ
規則正しくビートを刻んでる
全方向からやってくる安らぎの音色
何一つ欠けていない完璧な世界から
どうして出てきてしまったのか
ドックン ドックン ドックン ドックン
ドックン ドックン ドックン ドックン
ヘイ、そこのドラマー
きみの心音を聞かせてくれないか
取って置きのハート・ビートをさ
 

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