旧県境にあるトンネルを抜け益田市に入ると、目指す打歌山は間もなくだった。二台のハーレーは快調なエンジン音を響かせ、入り組んだ海岸線をなぞるように伸びている道を走った。ときおり左手の視界を遮っていた松林が途切れると、少し離れた位置に群青色の海が見えた。さらに進んで右手に打歌山が現れた辺りで、ハーレーは国道を右折して細い市道に入った。
「もちいと行ったら、柿本神社がある」
 耳元でカワサキの声がした。
「ここにもあるんかいな。なんや、いたるところに同じ名前んがあるやんか」と本多が言う。
「なんせ伝説のお方じゃけぇ、こここそが出生地じゃとか、うちの町こそ終焉の地じゃとか、言いたい放題、言ったもん勝ち」
「まるで最近の世の中そのものやん」
「まったく。ところで夕波さん、この道を登ったら打歌山の麓に出るんじゃけど、どのへんまで送ったらええろうか」とカワサキが訊く。
「この道を登り切ったら右手に打歌山への登り口があるんですが、そこを通り越して最初の分かれ道を右に行ってください。その道の突き当たりまでお願いします」
「よっしゃ、わかった」
 彼らは戸田柿本神社を右手に見ながら通り過ぎ、舗装はされているが狭く曲がりくねった山道を苦労して登っていった。坂を登り切ったハーレーは、打歌山登山口を過ぎてから右折した。幅の狭いその道は、道の左右から枝を伸ばした常緑樹が、まるで異界への入口のように薄暗いトンネルを作っていた。
「えらいとこじゃのぉ」とカワサキが声を上げる。
「夕波さん、ここにはよく来んさるの?」
「ときどきですが。でも、ここ走るときはちょっと怖いです。バイクの爆音が勇気をくれるから平気だけど」
「そうじゃね、バイクは頼もしい相棒じゃけぇ。ところで、このまま真っ直ぐでえかったかね?」
「はい。もうじき家が見えてきます」
 夕波の言葉から本多が想像したのは、この地方独特の赤瓦で葺かれた農家だったが、カーブを曲がったとき視界に飛び込んできたのは、半球形をしたドームハウスだった。そして家の脇にある屋根付きのカーポートには燃料電池カーがとまっていた。
 ハウスは、球体の半分より下を真横にカットして、そのまま地面に置いたような形をしており、よく見ると表面は無数の二等辺三角形から構成されていた。ハウスの周囲は、これまで通ってきた道の閉塞感とは打って変わって広々としており、木立の中に立っている一味違った別荘という趣だった。
「これまた、えらいハイカラな家じゃのぉ。彼氏はここに住んどりんさるの?」とカワサキが訊く。
「ええ」
 二台のハーレーは道路から敷地内に入り、玄関の近くに停車した。先導していた本多がエンジンを切ると、カワサキもそれに続いた。途端に静寂が押し寄せてきて、辺りの空気を震わせていた爆音の欠片をきれいに追い払った。
 彼らはオートバイから降り、ヘルメットを脱いでシートの上に置くと、玄関の前に立った。
「人の気配がせんな」と本多が言った。
「家族の人もいいへんのかな?」
「家族はいないんです」
「そうなんか」
「そりゃ寂しいのぉ」とカワサキがうなずきながら言う。
「中に入ってみます」
 はめていたライディング手袋を外した夕波は、ドアの横にある小さなパネルに右手の親指を押し当てた。すると、ピッという音と同時にカチャッとロックが解除された。
 夕波は本多とカワサキを見たあと、何も言わずにドアを開け、中に入っていった。二人は顔を見合わせて一瞬躊躇したのち、彼女の後に続いた。
 内部には柱も梁もなくて、天井は高く、三角形の窓からは午後の陽光が射し入っている。そして彼らの目の前には、夕波の放心したような背中があった。
「どしたんや? 彼氏はいいへんのか?」と本多が声を掛けた。
「遅かった。あたしが優柔不断だったから、行ってしまった」
 夕波が涙声で言った。
「行ったんか」
 本多は内心で、あの世へやろか? それとも家出か何かやろかと思いながら言った。
「けど、車があったじゃろう」とカワサキ。
「車じゃないの」
「そいじゃあ、タクシー呼んで空港に向かったとか。まさか歩きじゃないろう」
「もしや、超小型自家用ヘリやないか?」と本多が口をはさむ。
「もしそうなら、プロペラの音がしそうなもんじゃが」
「バイクの音にマスキングされたんかもしれへん」
「じゃが、そがぁな気配は無かったで」
「きっと、そうだわ」と夕波が大きな声を出した。
 本多とカワサキは驚いて彼女を見た。
「きっと、まだ飛び立っていないんだわ」
 夕波の目に光が戻ったように見えた。
「やっぱヘリか」と本多がうなずいた。
「夕波さん、ヘリポートはどこにあるんじゃ?」
 カワサキも興奮した声で言った。
「ヘリポート? まあ、そうとも言えるかも。打歌山の中腹です」
「頂上じゃないの?」
「ええ」
「行ってみよや」と本多が言った。
「でも、これ以上ご迷惑は。ツーリングの途上なのに」
「なに、ものはついでや。それに日没までには、まだ間があるけん。夕陽を浴びて散るのも一興やろ」
「散るって?」と夕波が訊く。
「いや、なんでもないんや。それより、急いだ方がええんちゃうか?」
 夕波は、はっと表情を変えた。
「じゃあ、あたしに付いてきてください。急な山道ですが、大丈夫ですか?」
「わしらは足腰を鍛えちょるけん。な、カワサキ」
「おうよ」
「じゃ、行きましょ」
 三人はドームハウスを出て、家の右手にある細い山道を登り始めた。夕波が急ぎ足で先導し、本多、カワサキの順で続いた。木々に覆われた山道は日陰になっていたが、所々に木洩れ日が射し、ときおり聞こえる鳥の声が平和な雰囲気を醸し出していた。
 しばらく登ると道は行き止まりになって、その突き当たりの斜面には岩肌が剥き出しになっていた。岩の表面には苔が生えて、黒っぽい緑色をしている。
「夕波さん、行き止まりじゃけど」とカワサキが言った。
「ええ。ここまで送ってもらえば十分です。あとは一人で行けますから」
「ほいでも、道のどん詰まりで、ヘリポートがありそうもないし」
「あんた、まさか世をはかなんで、わしらが去ったあと、こんな寂しいとこで」
 本多が心配そうな顔でそう訊くと、夕波は一瞬きょとんとしたあと吹き出した。
「いやだ、本多さん、へんな想像し過ぎですよ」
「そうじゃ、おまえ縁起でもない」とカワサキも目を剥いた。
 夕波は岩を背にして立つと、本多とカワサキをまじまじと見た。顔が小さくスラリとした体つきの夕波には、まるで天の岩戸から出てきたアマテラスのような輝きがあった。その美しいまなざしで見つめられた彼らは、どぎまぎして身動きできなかった。
「なんだか不思議な縁ね」と夕波が言った。
「なぜだかわからないけど、お二人には心が許せる気がするの。人として信頼できるというか」
 そう言って夕波は一息ついた。
「これから起きることを決して他言しないと約束してくれますか?」と夕波が言った。
「もし約束してもらえるなら、お見せしたいものがあります」
 本多はカワサキをちらっと見たあと、
「約束するわ。あんたがせっかくそう言ってくれてるんやし」と言った。
「わしも約束するで」とカワサキが続けた。
「わかりました」
 夕波がライダージャケットのポケットから小型のリモコンのようなものを取り出して岩に向けると、苔むした岩肌は消え失せて暗いトンネルが現れた。入口は、高さ二メートル、横幅がその半分くらいの長方形をしている。
「岩は、3Dウォールです」と夕波が説明する。
「よくある立体映像なんですが、斬新な点が一つあります。それは映像が質量を持っていることです。つまり、実際に触れても岩の質感があるってことです」
「そんな話聞いたことないで」と本多が言った。
「ええ、この技術はまだ公開してないはずです」
「誰が公開するんや?」
「その人と、たぶんこれから会うことになると思います」
「もしかして彼氏かね?」とカワサキが訊く。
「今にわかりますよ。さあ、あたしに付いてきて」
 夕波は二人にそう言うと、トンネルの中に入っていった。彼らも一呼吸置いて、カワサキ、本多の順で後に続いた。外から見たときには真っ暗だったトンネル内は、一行が入ると同時に青白く光り始めた。どうやら内部の壁全体が発光しているようだ。
「まるで黄泉の国へ通じとるみたいやな」と本多が言う。
「トンネルに生体が入ると、その生命エネルギーを感知して、壁に塗ってある塗料が光るんです」
「トンネルが感知するんか?」
「いえ、塗料自体らしいです。塗料に意志をインストールしてあるって」
「何のことだか、さっぱりわからん。カワサキ、おまえわかるか?」
「わからんのぉ」
「あたしにも、わからないの」
「なんやそれ」と本多が笑い、カワサキと夕波も釣られて笑った。
 しばらく歩くと開けた場所に出た。天井はトンネルの倍の高さがあり横幅も十メートルくらいあった。天井と左右の壁は曲面になっており、トンネル内と同じ色で光っている。そして正面には銀色の壁があった。
「映画に出てくる秘密基地みたいじゃのぉ」とカワサキが言った。
「ほれ、わしらが子供の頃にテレビでやっとったじゃろ? 人形が活躍する国際救助隊の物語を。ありゃ、何ていったかな」
「サンダーバードやろ」と本多が答える。
「そうじゃった。あれの基地は南海の孤島じゃったが、ここは小高い山の中」
「あたしにはわからない話題だけど、何だか面白そうですね」と夕波が言った。
「ところで、いよいよ佳境に入りますよ」
 そう言って夕波は先程使ったリモコンを取り出して、銀色に光る壁に向けた。途端に壁の一点がフラッシュし、その点を中心にして、カメラのシャッターが開くように円形の空間ができた。空間の向こうは暗かったが、彼らが円形の入口から中に入ると、とたんに周囲が淡いオレンジ色の光に染まった。壁が発光し始めたのだ。
「まるであの世に来たみたいじゃのぉ」とカワサキが言った。
 狭めの通路は丸い展望台の窓際のように湾曲しており、天井の高さは三メートルほどだった。淡いオレンジに光る通路をしばらく行くと左手にドアらしきものがあった。夕波はリモコンを使って、それを左右に開けた。室内はすでに黄色っぽい薄明かりに包まれており、今まで歩いてきた通路よりも少し大き目の廊下が前方に真っ直ぐ伸びていた。そしてそこを進むと、ふいに視界が開けた。
「なんじゃこりゃあ」
 カワサキが素っ頓狂な声を上げた。
「たまげたな」
 少し遅れてそれを目にした本多がうなる。
 廊下から出ると、そこは天井の高い格納庫のような有様で、その中央には二枚のスープ皿の縁を合わせたような形の物体が鎮座していた。
「まるで空飛ぶ円盤や」
 本多が口をあんぐりと開けて言った。
「夕波さん、こりゃあいったい何じゃ?」とカワサキも心底驚いた顔で訊く。
「小型の星間飛行船です」
「てことは、宇宙船か?」
「そうですね」
「あんたは宇宙人やったか」と本多が声を絞り出す。
「違いますよ。あたしはこの星の生まれです。ちなみに、今あたしたちがいるここ自体が母船になってます。でも、間に合ってよかった」
 夕波は、ほっとした様子で星間飛行船の方に歩いていった。本多とカワサキも後を追う。星間飛行船は、小型といっても見上げるほどの大きさがあった。表面の材質は金属らしかったが、紫味を帯びたその光沢は、これまで目にしたことのないものだった。彼女は船を通りすぎ、さっき出てきた通路の真向かいに位置する小部屋に入っていった。
「やはり、そうだった」と夕波がつぶやいた。
 本多が彼女の肩越しに覗き込むと、細長く丸みを帯びたカプセルの中に人らしきものが横たわっているのが見えた。
「あんたの彼氏か」と本多が訊く。
 夕波はうなずくと、カプセルに近寄った。本多とカワサキもカプセルを囲む。顔の部分は銀色の器具に覆われており、首から下は体にフィットした衣服に包まれていた。
「眠っとりんさるんか?」
 カワサキがカプセルを覗き込みながら言った。
「リカバー中なんです」
「そりゃ何かね」
「ダメージを受けた細胞や神経の蘇生を行ってるんです」
「怪我でもしんさったか」
「地球の酸素濃度や、地上まで降り注ぐ宇宙線や、人工的な電磁波などが、彼の体細胞や中枢神経や末梢神経などを傷つけるから、必要に応じて不定期にリカバーするわけです。それと老化の進行を食い止めるために」
「この中に入ってると、それができるんか?」と本多が訊く。
「そうみたいです。長期間に渡る星間飛行のために作られたのでしょう。約千三百前に彼がこの星に不時着して以来ずっと若さを保っているみたいだから、まさにミラクルな装置ですよね」
 夕波の話は荒唐無稽だったが、彼女が語り、カプセルに横たわった存在を目にすると、自然と納得せざるを得なかった。
「ほいじゃあ、夕波さんの彼氏は宇宙人なんかね」
 カワサキが目を丸くして言う。
「あたしたちも宇宙人の一員ですよ」
「一人しかいいへんのか?」
 本多は持ち前の好奇心を刺激されたのか、興味津々の顔で訊いた。
「他のクルーたちは不時着の際に、カプセルが壊れて亡くなったらしいです。当時、いわば冬眠しながら自動操縦で航行していて、何らかのトラブルに見舞われ、母船自身の判断で最寄りの惑星に緊急着陸したとか」
「それ以来、この人は一人で生きてきたちゅうわけか」
「そうですね」
「人間そっくりじゃねえ。宇宙人のイメージは、もっと人間離れしたふうに思えるけども」とカワサキが言う。
「いろんな意味で適応してきたと言ってました。千三百年の時間をかけて培ったものが今の彼なんだと思います。だから、元はどうあれ、彼は人間であり地球人であるって、あたしは思ってます」
「宇宙船の修理に手間取ったのは、なんでや?」と本多が夕波に訊く。
「墜落のショックで大半の精密機械は壊れてしまったんです。彼は残されたもので修理を続けたけど、どうしても必要な部品が手に入るまで待たねばならなかったんです。つまり、人類の科学技術が発達するまで。そして彼も積極的に自分たちの持つ技術を提供してきました。もちろん表立ってではないけど。たとえばコンピュータ技術の発達に、彼は多大な貢献をしています」
「夕波さん、この人はあんたを残して去ろうとしとったようじゃが、なんでまたカプセルに入っとるんろうか」とカワサキが言った。
「リカバーカプセルに入らざるを得ないような発作が起きたのでしょう」
「その発作はよく起きるんか?」
「いえ。あたしが知る限りでは一度だけ」
「知り合ってどのくらいになるんや?」と本多が訊いた。
「二年です」
「月並みやが、どうして知り合ったんや?」
 夕波は一瞬懐かしそうな目をした。出会った時のことを思い出したんやろと本多は思った。
「あたしは自宅でシルバーアクセサリーを作っているんですが、この町にある知り合いのギャラリーで展示会やったときに彼がふらっと現れて、あなたの作品を見ると故郷を思い出すって言ったんです」
「なんやらロマンチックやな」
 あっと夕波が声を上げた。
「ごめんなさい、さっきから立たせたままで。どうぞ腰掛けてください」
 夕波は部屋の壁際にある白い長椅子を示した。
 一見プラスチック製のようだったが、彼らが腰を下ろすと表面が沈み込んで快適な形で背と尻を包んだ。硬すぎず柔らかすぎない座り心地だった。
「なんじゃこりゃ」と本多が声を上げると、
「座った人の体型や体重に合わせて、自動的に形を変えるんです」と夕波が説明した。
「ところで、お二人はよくツーリングされるんですか?」
「いや、昔はしとったが、ここんとこご無沙汰やった。今日はほんまに久しぶりなんや」と本多が答える。
「そうなんですか。またバイクに乗り始めたんですね。何かきっかけがあったの?」
 夕波の問いに、彼らはお互いの顔を見た。
「わしらもリタイヤして長いし、ここいらで一区切りしよう思うてな」とカワサキが答える。
「一区切りって?」
「つまり」とカワサキが言いかけると、
「わしらの若い頃にイージーライダーいう映画があったんやけど、あんた知っとるかな?」と本多が言葉を引き継いだ。
「ええ」
「そうか、なら話は早い。わしらは映画観たあと、オートバイにはまったり、映画で使われとった音楽にしびれてバンド始めたりしたくらいすっかり影響受けてしもて。あれからずいぶん時が流れたが、心ん中を覗き込んでみたら、その感動は消えずに残っとった。そやし、昔の情熱をまた味わってみよ思たんや。もっと言うと、最後の夢を見つけたちゅうことや。今の世の中、年寄りには夢も希望もないやん。早々とリタイヤさせられて、する事もなく、せっせと払ってきた年金も減額減額で無いに等しい。若いもんから敬われることもなく、はよ片づいてくれってなもんで安楽死法なんかが成立しよった」
「安楽死法」と夕波が哀しげな声でつぶやいた。
「あの法律ができたと聞いたとき、あたしは、この国が一線を越えたと思いました。少なくとも、これまで身と心を置いていた日本という国は滅んでしまったと確信したんです。そうなった理由は、あたしたち国民の無知と、権力への依存体質だと思います。あたしは、こんな国に嫌気がさして、どこか違う場所で生きようかと思ったこともあったけど、世界中を見渡しても、どこも似たり寄ったりで、それなら生まれた土地の自然に抱かれて、あたしにできることをやっていこうと思ったんです。あたしの作るシルバーアクセサリーが誰かの喜びの一助になればいいなと、そう思って生きてきました」
「それは彼氏に出会う前のことかね?」とカワサキが訊いた。
「はい」
「出会うたあと夕波さんはまた、どこで生きるんか決めにゃあならんかったんじゃな」
「ええ」
「今は、どない思ってるんや?」と本多が尋ねる。
「正直、まだ迷ってます」
「そら、そやろ。あんたの銀細工は同胞のために存在するんやろから。それに、あんたの愛する自然は地球独自のもんやしな」
「ええ。でも、そう思うと同時に、やっとめぐり逢えた愛する人と離れ離れになるべきじゃないとも思うのです」
 夕波の言葉を聞いて、本多とカワサキは顔を見合わせた。
「ところで、さきほど話に出た最後の夢って何ですの?」と夕波が言った。
 本多が口を開こうとすると、カワサキが答えた。
「人生、散り際が肝心と思うんじゃ。どう生きるかってことは、どう死ぬかってことでもある。じゃけえ、自分が一番幸せを感じる散り方をするってのが、わしらが見つけた最後の夢なんじゃ」
「それって、自ら死ぬってことですか?」
 夕波は不安そうな顔になった。
「いや、そうやない。カワサキが言うたんは心構えのことなんや。いつ死んでも後悔せんような生き方をしようて改めて誓ったちゅうわけや」
 本多は夕波に心配させないように、そう言った。
「そうですか。ちょっとびっくりしたけど、安心しました」
「そらそうと、あんたがオートバイ乗り始めたんは、どんなきっかけや?」
「あたしも映画なんです。それも古い映画。モーターサイクル・ダイアリーズというんですけど、知ってます?」
「いいや」
「約二十年ほど前につくられたものですが、とってもいいんです。 伝説の革命家、チェ・ゲバラが青春時代に親友と二人で中古のオートバイに乗って南米大陸縦断の旅に出るロードムービーです。この映画を観て、あたしもバイクに乗ろうと思ったんです」
「そやったんか」
「なあ夕波さん」とカワサキが言った。
「はい」
「こんな世の中でも愛せるものはあるもんじゃねえ。あんたにはオートバイやアクセサリーや自然がある。もちろん家族や友人もそうじゃろう。そいでもって一方には、ここを去ろうとしとる愛しい人がおる。あんたにとっては辛い選択じゃのぉ」
 カワサキの言葉を聞いて夕波はしばらく無言でいた。その目はしだいに潤み、涙が溢れた。
「おい」と本多がカワサキに言った。
「泣かせてどないするねん」
「いいや」とカワサキが返した。
「思い切り泣いたらええ。こがぁな思いをかかえたままいるのはよーない。おそらく夕波さんは、このことを誰にも言えずにいたろう。なんでわしらに秘密を明かしてくれたんかはわからんが、心の中にわだかまってた思いを涙に乗せて流したほうがええ」
「そうか。そやな、おまえの言うとおりや」
 二人の言葉を受けたからか、夕波は静かに泣き始め、やがて号泣した。

 海を間近に望む小高い山の中腹に埋まっている巨大な宇宙船。その内部にある小部屋には、カプセル内で眠る異星人、その恋人の若い女、そして死出の旅の途上にある二人の老人たち。地球が誕生して以来あったであろう数限りない出会いの中で、こんなにユニークな組み合わせがあったやろか? そんなことを思いながら、本多はカワサキと共に再び海沿いの道路を走っていた。
 ほんの数時間前に同じ道を通ったはずなのに、次々と目に入ってくる風景は目新しかった。わしの何かが変化したからやろか? と本多は自問してみる。今日初めて会い、そして別れた夕波の顔が浮かんできた。もっと若い時分に出会いたかったという思いが胸に込み上げてきて、本多の心は揺れた。
 彼らはトンネルに突入し、内部に爆音が響き渡った。左右の壁の所々に点いている照明が後方に流れ去って、本多はずっと昔に観たタイムトンネルというテレビ番組を思い出した。このトンネルを抜けると、万葉集の編まれた時代にタイムスリップするんやないやろかと一瞬夢想した。その途端に、上空から赤く発光した物体が落下してきて海岸近くにある小高い山に激突するビジョンを見た。
「うわー」
 そのビジョンがあまりにリアルだったので、思わず本多は声を上げた。
「どうしたん」
 ヘルメット内にセットされたスピーカーから、本多の後ろを走るカワサキの声がした。
「山にぶつかりおった」
「なんが」
「白日夢を見たんや。UFOが山に墜落しおった」
「そりゃあ、夕波さんが話してくれたまんまじゃ」
「そやな。このトンネルがタイムトンネルみたいに思えて、万葉時代に飛ぶことを想像してたら、えらいリアルなビジョンが見えたんや」
「さっきまでのことが現実離れしとったけぇ、その影響じゃろう。そりゃそうと、夕波さん、あれからどうしたろうか」
 ついさっき別れたばかりだというのに、カワサキはもう何年も会ってない誰かを思うような口振りで言った。
 間もなく二台のハーレーはトンネルを抜け、傾き始めた日差しの中に飛び出した。道路はすぐに追い越し車線のある登り坂になり、そこを登り切ると旧県境だった。道州制が導入された今、かつての二つの県は一つになっていたが、それでも旧県境を越えると、辺りの空気が微妙に変化するのを感じた。
「この分では、夕焼けの中で散ることになりそうやな」と本多が言った。
「そうじゃな。しかし殺し屋の奴、ちゃんと待っとるんかいな」
「その心配はないやろ。なんでもプロフェッショナルに徹したマシンみたいな奴らしい。一度動き出したミッションを止めることはインポシブルやて、人物紹介のキャッチコピーに書いてあったけん。なんでも尊敬するんは、あのデューク東郷とか」
「なんじゃそれ。架空の人物じゃあなぁかね」とカワサキは呆れた声を出した。
「架空をリアルに感じるほどの壊れたキャラの持ち主ちゅうことやろ」
「なるほど。そりゃあそうと、夕波さんの彼氏は目を覚ましたろうか」
「どやろな。リカバーが終われば自動的に目覚めるちゅうとったが」
「夕波さんは、どがぁするんじゃろう。彼氏が目を覚ましたら、辛い決断が待っとるけぇ」
「なんや、おまえ、あの子のことばかし言うとるで」
 カワサキにそう言いながら、わしも同じようなもんやなと本多は苦笑した。そのとき彼の脳裏に、夕波と別れたときの情景が浮かんできた。
 夕波としばらく過ごしたあと、彼らはいとまごいを言った。夕波はドームハウスの前にとめたオートバイのところまで見送ってくれた。
「今日見たことは秘密にしとくけん」と本多が言うと、
「信頼してますから」と夕波が返した。
「元気でなあ」とカワサキが言い、
「あなた方も」と夕波が微笑んだ。
「またな」
 本多はそう言って愛車に跨り、セルモーターを回してエンジンをスタートさせた。ビッグツインの爆音が静かな山の中に響き渡った。続いてカワサキの跨るソフテイルのツインカムエンジンが唸りを上げる。
「元気での」
 爆音の隙間からカワサキが叫ぶ。

GGライダー Part.3