old tomo blog

書く 歌う 結ぶ

Month: 8月 2013 (Page 2 of 3)

陸前高田市にみんなで図書館をつくろう。

家にある不要な本を送ることで復興支援ができる「陸前高田市ゆめプロジェクト」というのがある。
2012年6月に、陸前高田市と古本買取事業を行う(株)バリューブックスが協力してスタートしたとのこと。
送られてきた書籍をバリューブックスが価格査定し、買取金額相当を図書館再建の費用として役立てる仕組みらしい。
これまで全国各地から寄贈された書籍数は約80万冊、寄付金は1370万円。
図書館再建のための目標金額は、約8億円。
人々の善意だけで実現できることではなく、公的主導が必要なのは明らかだろう。
バリューブックスがボランティアでこの事業を行っているのか、諸経費は差し引いているのかは知らないが、陸前高田市の人たちの手に本が渡る流れができたことは確かだね。

本を送る手順
1) プロジェクトのサイトにあるWEBフォームまたは、電話にて申し込む。
2) 段ボールに不要な本と、プリントアウトして必要事項を記入した申込書を一緒に入れる。
3) プロジェクトが宅配業者を手配してくれるので、本を送って完了。
(5冊以上の場合は着払いOK)
(DVDやゲームの買取も行っており、値段のつかなかった商品は福祉施設・フリースクールへの寄付や古紙リサイクル業者へ引き渡してくれる)

yumeproject




福島第一原発 汚染水問題

汚染水というのは、文字通り汚染された水のことだ。
そして、何によって汚染されているかといえば、この場合は放射性物質に決まっている。
その汚染水にどんな問題があるのか、現状はどうなっているのか、そして今後どうなっていくのか、どう対応すべきなのか。
そんな疑問が生じたので、いろいろなソースから情報を探しているのだが、テレビ朝日の「モーニングバード そもそも総研」という番組で汚染水の問題を取りあげており、なかなか解りやすいので紹介してみる。


http://youtu.be/4gYpai5e3O8

そして、海へ流出した汚染水は、、。
海水は世界中を旅するからなぁ。

テキーラ ロック

ロックミュージックは英語だけでなく複数の言語で歌われているわけだが、それぞれ受ける印象が違うのが面白い。
スペイン語圏、メキシコのロックを、ご紹介。
ベーシストのCarla Sarinana 嬢、白いジャズベがよく似合いますな。


Ruido Rosa

From :
Mexico City, MX

Members :
Alejandra Moreno – Voz
Daniela Sanchez – Guitarra
Carla Sarinana – Bajo
Alicia Emerson- Bateria

Site :
http://www.myspace.com/ruidorosa

Facebook :
http://es-es.facebook.com/ruidorosaoficial?sk=info


2011-06-25
Live at León, Mexico







Ruido Rosa – Días De Verano

http://vimeo.com/36051099

コラ! 食べ物を粗末にす、、。

シンガーとして、女優として、モデルとして活躍中の Taylor Momsen 嬢。

The Pretty Reckless – Miss Nothing

http://youtu.be/hFlHsKExcYg

好みの声質。

The Pretty Reckless – Cold Blooded

http://youtu.be/JNo0Kx3DW44

身も軽い。
(スタントを使った新手のPVという説もあるらしいが)


http://youtu.be/8kHdNkAPBdw

薄化粧もまた良し。

taylor-momsen

月光

moon3

 めずらしく夜半に目が覚めた。しだいに焦点が合ってきた視線が捉えたのは、薄明るい室内の様子だった。ブラインドの隙間から淡い光が射し込んでいる。そういえば今夜は満月だったと思った。

 私はベッドから起き上がり、枕をヘッドボードに当てると、背中をもたせかけた。普段の私は一度寝入ると朝まで目覚めないタイプなので、なぜ今夜に限ってと不思議な気がした。物音一つしない静かな夜で、降り注ぐ月光が立てる神秘的な音が聞こえるようだった。

 突然、美菜ちゃんが言っていたことを思い出した。それは、満月に向かって財布や預金通帳を振ると、思いがけない臨時収入があるというものだった。美菜ちゃんは実際にやってみて、ある程度の成果を上げたらしい。残念ながら私はまだ試したことがなかった。今から起き出して窓を開け、夜空で輝く月に願ってみようかしら。私は半分本気でそう思った。

 臨時収入も魅力的だけど、私の切実な願いは、これから何をして生きていけばいいのかを知りたいことだった。

 故郷を離れてもう四年になるが、私は未だに進むべき道を見つけられずにいた。今の仕事のやりがいが無いというわけじゃない。花は好きだし、お客さんに応じて花束を作り、笑顔で受け取ってもらえるのは、とても嬉しい。でも、それは、生活の糧を得るための仕事としては恵まれているに過ぎないとも言えた。

 私の中に通低音としてある正体不明の苛立ちが、自分の道を見出すことによって消えていくような気がするけれど、果たして私の道などというものがあるのだろうかとも思う。

 しばらく目を開けていると、室内の見え方が変わったことに気づいた。月が動いたからかもしれない。私はベッドから下りて窓際に行き、ブラインドを上げた。休みの日にピカピカに磨いたガラス窓を通して見上げた空に、丸く大きな月が輝いていた。雲や星の姿もなく、彼女は独り占めした天空を透明な光で満たしていた。

 ふいに私の感情がゆれた。まるでこの世で一人ぼっちになったような孤独感が込み上げてきた。私は動揺し、急に息苦しさを覚えて、急いで窓を開けた。とたんに、夜の大地を包んでいた冷気が部屋の中に流れ込んできて、私は少しだけ落ち着いた。

 いったい私はどうしたというのだろう。覚えてはいないが、何か印象的な夢でも見ていたのかもしれない。ある本に、夢は空想の産物ではなく、肉体を離れた魂によるリアルな体験だと書いてあったが、私の魂は一足先に未来を覗き見てきたのかもしれない。未来の私は、ふと立ち止まった街角で昔のことを思い出し、過ぎ去った日の私に何らかのメッセージを送るだろうか。

 私は窓から身を乗り出して、目に入る空の面積を拡げてみた。

「きれいね」

 誰に言うでもなく、つぶやいてみる。

 知らない世界というものは確かにあるものだと思った。ぐっすりと眠っている頭上で、毎夜毎夜さまざまな空模様が展開していて、私はそれを味わうこともなく過ごしていたのだ。そのことが残念という気はしなくて、ただ小さな希望の芽が生じたように感じた。生きていくことは未知に出会うことで、それがどんなものであれ、私は受け入れてみようと思った。

 なんだかスピリチュアルな心地になっていた。金色の光に満ちた夜空に浮かぶ月のマジックだろうか。私はあらためて月を眺めた。遙かの昔から地球に寄り添って暗い夜を照らしてきた彼女を、いや彼かもしれないが、美しいと思った。姿形だけでなく、その在り方を心底美しいと思ったのだ。

 私は小さな溜め息をつくと、窓を閉めてブラインドを下ろした。それから、ふたたびベッドに入ると、窓の方を見やった。ブラインドの隙間から射し入る月光が、薄闇に幾筋もの道を描いていた。

町山智浩の映画塾

映画評論家の町山智浩という人が、WOWOWで放映された映画の解説をする動画があるんだが、なかなか面白いし、ためになるよ。
映画を観る前の予習編と、観たあとの復習編が用意されている。

町山智浩の映画塾
http://www.wowow.co.jp/movie/eigajuku/

町山智浩の映画塾 YouTube
http://www.youtube.com/playlist?list=PLeWkQ3xlkTQW8oKo744Kd5ERe6NfTwkpP

ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/

machiyama

Driven to Tears

嬉し涙でなく、悲し涙に向かってドライヴさせられている。
誰に?
それは、時代の空気にだ。
空の気というと実体は無いように思えるが、実際には人間たちの思いで満ちている。
その思いは、いかようにも変えられる反面、いかようにも操作を受ける。
だから、しっかりと目を見開いて、心のアンテナを立てて、現実を把握しなくては。
久々にこの曲を聴いて、そんなことを思った。
Stingも、この秋に62歳になる。

Sting – Driven to Tears

http://youtu.be/_FKr2Qq6BDM

終戦記念日に思い出すこと

終戦記念日の昨日は、地元自治会主催で行われる盆踊りの準備に出かけた。
前日の8月14日に行われる地区もあるようだ。

おれには、終戦記念日に思い出すことがある。
それは母伝いに聞いた、叔父と父の言葉だ。
叔父の言葉は、祖母から母に伝わり、父の言葉は父から母に伝わったものである。

叔父が徴兵され、出征の日に周囲の誰かが「めでたいのぉ」と言った。
それに対して叔父は、「めでたくもないが、、、」と返したという。
そして叔父は、シンガポールで、飛んできた砲弾の破片によって戦死した。

父の部隊が南京に到着したのは、大虐殺があったと言われている南京陥落の直後だったとか。
「そういうふうに言われとるが、そんな痕跡はなかった」と父は言っていたという。
父は終戦後、捕虜としてシベリアに送られた。

二人の言葉。
おれにとっては生々しい、そして真実の言葉である。

墓参り

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今日は、盆の墓参りに行った。
墓参りといえば、盆やお彼岸を連想するが、ご年輩にとっては年中が墓参りの好日らしい。
実際、年寄りは墓参りに行きたがるという話を聞くし、おれの祖母は存命中に、しょっちゅう墓へ連れて行けと言っていた。
祖母は子供二人に先立たれていたから、余計に行きたがったのかもしれない。
長女は十代のときに病死し、次男はシンガポールで戦死した。
長男がおれの父なので、おれにとっては叔母と叔父にあたる。
死者が墓参りに対してどのような思いを抱くのかは、わからない。
もしかすると、生者から死者への片思いかもしれない。
葬儀も墓参りも、生き残った者のためにある儀式のような気もする。
そのことは、彼岸に渡ったときに明らかになるかな。

いつか来る日のために

interphone

先日、母が体調を崩したのを契機に、母の部屋とおれの部屋を結ぶインターホンを設置した。
もともと亡父の介護中に導入して、父の部屋と食堂を結んでいたのだが、母の部屋とおれの部屋はもっと離れているので、ホームセンターに出かけて、延長電線を買い、結線したわけだ。
壁に沿って、コの字形の金具で電線を留めていく。、
電線の長さは、総延長37メートルになった。
通話テストも成功し、これで一安心。
特に、夜中に異変が起きたときに重宝しそうだ。
いつかは来るはずの介護の日々ではあるが、比較的元気なうちに準備をしておくことも必要だと思う。
以下、参考まで。 

アイホン ホームコール1(有線式)インターホンセット FL-MS
親機と呼出用の握りボタン付子機で構成されています。
子機を枕元に置き、必要な時にボタンを押すと、別室の親機が鳴り、話もできます。
寝たままでも簡単に呼び出せるように、病院で使用されている握りボタンを採用しました。
いつもは元気なお年寄りが体調を崩した時に、介護負担を軽減したいというニーズに応えたシステムです。

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