一昨日(9/5)はナリアツの誕生日だった。
25歳になったとか。
素敵な仲間達(ミナモトセイジがかつて組んでいたバンド名でもある)に祝ってもらったらしい。
おめでとさん♪
しかし、25歳か。
若くてええのぉ。
当然ながら、おれにも25歳のときはあったわけだが、何をしとったかと、ふと思い出した。
福生から高円寺に引っ越して、ほとんど単位を取ってなかった学校にまた通い始めた頃だな。
当然のごとく仕送りは止まっとったから、コウワ運送でバイトしながらの通学復帰だった。
コウワ運送は学校の近所の神楽坂にあった。
書籍流通センターである東販と契約してて、いろんな書店に本を配達する業務を行っていた。
おれは新宿の紀伊国屋書店担当で、注文の本を届けて、返品を持ち帰るというルーチンだった。
返品は毎日のようにあり、返品本が入ったダンボール箱から、ときどき失敬してたことは、ここだけの話ということで。
たいていは一人で配達してたんだが、たまに東販の社員も同行した。
名前は忘れたが、味のある顔をした○○さんが、マクドナルドのハンバーガーを奢ってくれたことを覚えている。
マックは、その頃からあったってことやな。
コウワ運送には、若いバイト仲間が3人いて、その中の一人が高間さんだった。
おれより1~2歳年上で、良くしてもらった。
本や酒や美術のことなどを、いろいろ教えてくれた。
そうそう、中野の早稲田通り沿いにあった「田原坂」に一緒に行って、モツ鍋と日本酒(美少年)を味わったな。
彼とは、この年の夏に横浜から船で共に旅立つことになる。
おれにとっては初めての外遊だった。
この旅については、また書くとして、25歳の自分を思い出すと、芋蔓式にどんどんエピソードが出てくるわい。
コウワ運送では、けっこう稼いでたんで、授業料や生活費を差し引いても、少し余裕があった。
その余裕で、当時のハニーとよく小さな旅に出ていた。
どこに出かけたかな。
伊豆、清里、能登半島とか。
住んでたのは、高円寺南にあった新樹荘というボロアパートの四畳半で、室内には小さな流しがあり、トイレは共同。
壁は、まるで無いかのように薄かった。
その狭い部屋に、福生時代に入手した米軍払い下げの大きなベッドを入れてたから、部屋のほとんどがベッドという有様でございました。
音楽活動は、小休止しとったな、この頃は。
それまで、福生の米軍ハウスに籠もって、さんざんやってたからさ。
とりあえず環境を変えて、前に進もうと思って、高円寺に移ったんだ。
高円寺の定食屋にはお世話になった。
銭湯にも。
ジャズ喫茶「サンジェルマン」では、たかぼう(現マルフクのマスター)が働いてたり。
定食屋でバイトしてたレイコちゃんが、後に高間さんの嫁さんになったり。
人生で出会う全ては面白い。
まだまだ書くことはぎょうさんあるけど、キリがないので、このへんで打ち止めに。
とまあ、こんな25歳を過ごしておったのよ、ナリアツ。
蛇足じゃが、学校は入学から6年かけて無事卒業いたしました。
おそまつ。