その男の部屋に入ったとき 目についたんだ
マグカップが置いてあるテーブルに穴が開いていた
直径四、五センチの穴で 縁はなんだかくすんでいる
なんでこんなとこにと訊こうとしたとき
キッチンの壁にかけてあるシャモジにも
窓際のソファにも 同様な穴が見えたんだ
ほんとに愛の形は人の数だけあるんだね

その男はマンホールの蓋に手をかけている
見るともなしに見ていると 蓋が外れた
彼はいったん立ち上がり 姿勢を正した
そうして穴を覗き込み 上半身を差し入れる
深く差し入れ 浅く差し入れ それを繰り返す
楽しげに 何かの歌を くちずさみながら
ほんとに愛の形は人の数だけあるんだね

その男が待ち望むのは 週の中程にある休日だ
朝早くから身支度をして いそいそと出かける
町を出て いつものコースで森へと向かう
車を降りると リュックを背負って歩き始める
人気のない森の片隅で待っているのは巨木
根に近い辺りの小さな穴からは 樹液が垂れている
ほんとに愛の形は人の数だけあるんだね

(2018.3)