名前を呼ばれたので、治療室に入っていく。三名のスタッフが待機していた。用意されている脱衣籠に脱いだ上着を入れ、上半身裸になって診療台に横たわる。今から放射線治療の開始だ。

放射線の投射は、リニアックと呼ばれる装置で行われる。大きな一つ目の無骨なロボットのような外観である。事前の説明によると、体の三次元情報に、呼吸に伴う横隔膜の動きや臓器の動きなどを加えて制御し、より正確に病巣に放射線を集中させる治療が可能だとのこと。

患部がある腹部には黒いマーカーで縦横に線が描かれており、そこに患者各人に合わせてオーダーメイドされた固定具をはめる。固定具で体を押さえつけて、照射時に体がずれないようにするためだ。固定は二人のスタッフによって行われ、装着が終わると浅い呼吸しかできなくなる。「では始めていきます」という声と共に室内からスタッフが去り、リニアックが動き出す。一つ目がウィーンという音とともに回転していく。

照射される放射線はむろん見えはしないが、イメージで可視化してみる。そして小さな声で、こう唱えるのだ。「放射線は正常細胞を避けて癌細胞だけに作用する。癌細胞はしだいに小さくなっていく。そして、消え去った。」イメージの力は物理的に作用すると信じるのも悪くない。

室内は天井灯が消され、薄暗くなっている。目を閉じると現実感が遠のき、唐突にアルゼンチンの作家、フリオ・コルタサルの短編小説を思い出した。「夜、あおむけにされて」という作品だ。

オートバイ事故で病院に搬送され、ベッドにあおむけに寝ている男が、匂いのする不思議な夢をみる。彼はモテカ族で、アステカ族の人間狩りから逃れようとしていた。あわやというところで目が覚めた。窓から夕陽が射し込んでいる。少し熱っぽかった。運ばれたスープを飲むと、リラックスしてきた。ふと気づくと暗闇の中を走っていた。そして沼地の灌木の間に身を潜めたが、発見され捕らえられた。ふたたび目覚めたのは夜の病室だった。喉の乾きを感じたので、ナイトテーブルの上にあったミネラルウォーターの瓶を取って飲んだ。やがて眠気が襲ってきた。彼は石造りの地下牢にいた。手首と足首が縄で縛られていた。この先どうなるのかを悟って、口から悲鳴が溢れ出す。伴僧達が牢内に入ってきて、彼はあおむけのまま担ぎ上げられる。いったん夜の病院に戻ったものの、激しい睡魔が襲ってきた。祭壇へと続く階段を運ばれていく。祭壇の石は血に染まり、先に生贄にされた男が横たわっていた。生きたまま心臓をえぐり取られるのだ。彼は必死で夢から覚めようとしたが、無駄だった。そして悟った。あちらの世界こそが夢だったのだと。血まみれの石のナイフを持った神官が、あおむけにされて横たわっている彼に近づいてくる。

そこまで思い出し、軽く身震いしてから目を開けた。目の前をリニアックの一つ目が音を立てながら回転している。もう目は閉じないでおこう。


kitakyu blues 03