病院を出て国道199号線を左折し、若戸大橋方面に向かう。この病院では主治医の許可を得ると30分の散歩ができるのだ。入院以来、できるだけ歩くようにしてきた。米国対がん協会の最新ガイドラインに「運動は癌生存者に多くの有益な効果をもたらす」と明記されているように、適度の運動は身体面でもメンタル面でも治療効果の向上に役立つという実感があった。

今日は左折したが、反対に右折すると小倉方面に向かうことになる。道路沿いにはベーカリーやラーメン屋など各種の店が並んでおり、割合に賑やかだ。ところが若戸大橋方面への道は、なんとなく寂れた感じで、かつては繁栄、今は衰退という情緒である。

国道から脇道に入ってみると地元の商店街があり、ここもまた細々と続いているという風情だ。独特の味があるとも言えるけど。八百屋の店先には籠に入った野菜や果物が置いてあるが、あまり新鮮度は伝わってこない。八百屋の隣はカメラ店だが、営業はしていないようだ。ディスプレイ窓の中には昔の富士フイルムのポスターが貼ってあったりする。

そんな商店街を歩いていると、ふと頭の中に古いブルースのメロディが浮かんできた。ブルースという音楽はアメリカの黒人たちの過酷な日常から生まれてきたと聞いている。歌ったり奏でたりすることで、辛い境遇を何とか乗り越えようとしたのだろうか。

日本人はブルースを好むという印象がある。音楽を愛好するアマチュア・ミュージシャン達で、ブルースを演奏する人をけっこう見かける。その人たちはただ、ブルースという形式に沿って演奏したり歌ったりしているのか、それとも自身の中に蠢く悲哀をブルースの伝統に重ねて吐露しているのか、そんなふうに思ったこともある。まあそれは、その演奏を聴いた人が感じ取ることだ。そしてブルースのみならず、ジャズやロックと呼ばれている音楽などにも当てはまることだろう。ジャンル分けは便宜的なものであり、本質は通底しているよな、きっと。

しばらく歩くと町並みが変化して住宅街になった。一月の青空は雲に覆われ始め、風も少し出てきたようだ。自宅を遠く離れて九州の地を歩いていることが面白くもあり、奇妙にも思える。自分で選んだことには違いないが。これからどうなるのか、癌は克服できるのか、それとも生涯に渡って付き合っていくのか、あるいはどこかの時点で力尽きるのか、そんな思いを抱かないと言えば嘘になる。けれども未来に好奇心を持てるうちは前に進めるだろう。

病院を出てから左折と直進を繰り返していると、やがて出発点に近づいてきた。院内は暖かく保たれていて、薄いセーター一枚でも寒くはない。快適な環境はありがたいが、闘いの場でもある。自分自身との闘いだ。いや、闘いというより、折り合いをつけると言った方がピンとくる。腫瘍は鬼っ子ではなく自分の一部だから、うまく折り合っていこう。入口の自動ドアが開いて、寒風と暖風が混じり合う。


kitakyu blues 02