深夜の二時過ぎ、共用トイレの便器に座っている。ここは、北九州市小倉北区の旦過市場付近にあるホステルだ。昨夜の食べ過ぎがまずかった。連れたちが旨そうに市場で買い食いをするから、食物制限がある身にとって相応しくないものを食べてしまった。案の定、日付を越えた頃から酷い下痢が始まった。

建物の構造上、泊まっている部屋からトイレまでは距離がある。便意を催すたびにブーツに足を入れる。このホステルには通常のホテルにあるような備品が何も無いのだ。ただ便器がウオッシュレットなのは幸いだ。直腸を切除したので便のストックがきかず、アルカリ性の腸液を含んだ便が肛門周辺を痛めつけるので、洗浄は必須である。

足元におろした下着の上に置いてあるのは、女性用尿パッド。パッドにトイレットペーパーを折り畳んだものを重ねて使用している。便漏れを受けるためだ。人工肛門を閉鎖して以来、何度このパッドを装着したことだろう。装着して下着を引き上げるたびに味わう悲哀の漂いには、いつまで経っても慣れることはない。

起きたことを受け入れる力はある方だと思うが、受け入れたものが全て沈静化するはずもない。肛門とジョイントされているS字結腸が直腸の代役になる日は来るのか。それまでは、意に反して自然と排泄される便との日々を重ねていかねばならない。

癌と診断されたとき案外と冷静だったのは自分でも不思議に思う。これこれこういう事実がある。ではそれにどう対処していくのかということそのものに興味があれば、無駄な不安に翻弄されることはないのかもしれない。直腸癌の根治手術から一年と三ヶ月、人工肛門閉鎖から半年が経過した。

癌になってから人生観が変わったという声をよく耳にするが、たしかにそうだと感じる。その理由として一番大きいのは、死をリアルに実感するからだろうと思う。一般的に死を日常的に意識して暮らしている人はまれのはず。死はいつ訪れるかわからないから、いちいち気にしてたら生きていけない。死期をある程度特定できる癌という病は、一瞬一瞬の価値を高めてくれるカンフル剤のようなものか。

温水スイッチを押す前に、噴出レベルを弱にする。頻繁な排便で肛門がただれているから、強では顔をしかめるほど痛いのだ。痛いのがわかっているから、スイッチオンには勇気が要る。こんなところにも勇気を試される機会があるな、なんて思って苦笑する。

あと何度、この便器に座ることになるんだろう。睡眠不足だ。今日は早く起きて戸畑まで行かねばならない。癌が後腹膜のリンパ節に転移したので治療のために入院する。発病以来、これで三度目の入院になる。初回は高槻、二度目は生駒。三度目の北九州で正直と成るや否や。

新しい環境に入るのは楽しみでもある。そういう性分だ。一人の例外もなく誰もが入る環境が人生の最後に待っているわけだが、それもまた楽しみにしておくか。さて、そろそろ部屋に戻ることにしよう。


kitakyu blues 01