広島への原爆投下を題材にしたSF短編小説

Babyruth_640
Illustration : Hiromasa Watanabe


ルルルルル。腕に付けた携帯テレビ電話が小さく鳴った。同時にディスプレイ上に顔が現れ、ブースが空きましたと言った。図書館司書の女性だった。

ぼくはソファから立ち上がり、受付に行った。たったいま見たばかりの女性が、微笑みながら認証キーを差し出した。ぼくはキーを受け取り、レファレンスルームのドアを開けて中に入った。20メートル四方の天井の高い部屋には、中央に大きな円筒形のマシンがあり、その周囲に四つのブースが設置されていた。ぼくは指定されたブースに入ると、椅子に座りヘッドセットを装着した。

ヘッドセットはヘルメット型で、内部にはバーチャルスクリーンが設置されている。ヘッドセットを被ると同時にスクリーンが明るくなり、メニューが現れた。メニューの操作は視線で行う。視点の位置のボタンがアクティブになり、それを押すには押すというイメージを抱くだけでよい。いわば念でクリックするということだ。ぼくはトップメニューにある栞を選んで、保存してある作業中のワークを呼び出した。

ぼくはスクールでの基礎課程を終え、専門課程として歴史を学び始めたところだ。過去の出来事を知り、そこから得たものを現在や未来の社会にどう生かしていくかというのが、ぼくに与えられた課題だった。ぼくの家は裕福ではなかったけど、ぼくの特性を低年齢で見出すことができたため、国の特待生としてスクールの一員になることができた。

今や選ばれた一部の者にだけ、学ぶことが託されていた。その他大勢の人間にとって、それは必要のないことだった。人々は脳内にチップを埋め込まれており、そのチップからの情報によって生きていた。自分であれこれ考える必要もなく、不安や不満を抱くことのないように統制されていた。どんな境遇にあろうと、脳内に快楽物質のDが適宜に分泌される設定になっていた。

作業中のワークを呼び出す指示を受け取ったマシンは、微妙な振動を伝えながら動き始めた。今回のサーチは自由飛翔ではなく、マーキングしておいた時と場所に飛ぶものだった。自由飛翔していて、ある時代に興味を抱き、その時と場所に再び飛びたいと思ったならば、マーキングしておく必要がある。そうしないと、今のマシンの性能では任意の時と場所にアクセスするのは不可能だった。

マシンは昔の言い方でいうとタイムマシンで、時空を超えて過去や未来にアクセスすることができる。ただ、未来へのアクセスは禁止されており、自由飛翔は過去だけに限られていた。そして、時空を超えるといっても三次元の肉体がではなく、いわば意識体が移動するにとどまっていた。

振動がひときわ大きくなったかと思うと急に静かになり、目の前に前回見た光景が現れた。そこは室内で、六つのベッドが置かれ、人が横たわっていた。病室らしかった。室内は明るく、開け放たれた窓から光が射し入っていた。部屋の壁には時計が掛かっていて、時刻は7時44分だった。彼らは白人ではなく、東洋系の顔をしていた。ぼくは、あの人にまた会えるだろうかと思った。

前回ここにアクセスしたとき、しばらく室内を見ていると、白い服と白いストッキング、そして白の帽子を身に着けた女性が、小さなワゴンを押しながら部屋に入ってきた。彼女は食物が乗ったトレイをベッドサイドにある机に置いて回った。口を動かして何かを言っていたけど、残念ながら音は聞こえない。

そのとき、ぼくの視点は天井近くの室内を見下ろす位置にあった。彼女はぼくより幾つか年上のように思えた。といっても二十歳を越えているようには見えなかった。とても綺麗な顔立ちをしていて細身だった。

その人は部屋を出るとき、ふと天井を見上げた。優しい眼差がぼくを見つめた。いや、ぼくの姿は見えないはずだから、ぼくを見つめたのではないだろうけど、なんだかドキドキしてしまった。ぼくはまだ女性と付き合ったことがない。

見上げていたのは、ほんの数秒のことだった。でも、ぼくはその瞬間に、その人に恋をしてしまっていた。

それからしばらくの間、ぼくは室内を観察しながら彼女を待ってみた。もう少し待てば、また部屋に戻ってくるかもしれないと思ったからだ。患者は、いずれも老女だった。どの顔も深い皺に覆われて、目には表情がなかった。

タイムリミットが迫っていた。時空を超えるためにマシンは莫大なエネルギーを消費するから、アクセス時間は30分と決められていた。

リミットがあと2分になったとき、先程と同じワゴンを押して彼女が部屋に入ってきた。食べ終わった食器を片づけに来たのだろう。患者に一人ずつ声をかけながら、食器の乗ったトレイをワゴンに収め始めた。彼女が話しかけると、それまで生気を失っていた老婆たちの表情が明るくなるのがわかった。嬉しそうに彼女の顔をじっと見つめている。

彼女は髪を頭の後ろに結い上げ、その上に帽子を乗せていた。ぼくの位置から細く白い首すじと髪のほつれが見え、ぼくは体が急に熱くなるのを感じた。

ワゴンを押して部屋を出ようとしたとき、彼女はまた上を向いた。その視線を捉えようとした瞬間、視界がすっと暗くなり、アクセスが終了したのだった。

そして今、ぼくは二度目のアクセスをしている。今のところマーキングの精度に問題はなく、前回と同じ時と場所に飛ぶことができた。飛ぶといっても人間の意識が時空を移動するのであって、五感を持った生身の肉体が出現するわけではない。だから、音も聞こえないし、匂いもなく、ただ視覚だけが時空を超える。どういう仕組みになっているのか、ぼくにはわからない。

病室のベッドには、前回と同様に六人の入院患者が横になっている。身に付けているのは粗末な布製の衣服で、ボタン留めではなく、胸の前で左右の布が合わさっている。いったい何という名の服だろう。

窓からの陽光は病室の床に反射して、室内を光の粒子で満たしていた。射し入る角度からすると太陽はまだ低い位置にあり、おそらく朝日だろうと思われた。いったい今はいつで、ここは何処なのか? ぼくは時代特定作業を始めなきゃなと頭の中で呟いた。

ランダムに飛翔して、ある時代にランディングしたとき、目に映る情報のみで判断しなければならない。いったんランディングしたら、そこから時が刻まれる。しかし空間的に自由に移動して、また元の場所に戻ることは、今のマシンの性能ではできなかった。それが可能な範囲は、最初のランディングポイントから起算して、360度方向にせいぜい30メートルだった。

ぼくは、さっそく移動してみようとしたけれど、もう彼女が部屋に入ってくるはずだと思い直した。彼女が老婆たちに食事を配り終えて部屋を出ていき、ふたたび戻ってくるまでの間に、この辺りの探索をしよう。

そして彼女は、こないだと同じように慈愛に満ちた目をして部屋に入ってきた。ワゴンから食事の乗ったトレイを出して、一人ずつの横に置いていった。老婆たちは彼女の顔を見て、軽く頷きながら頬をゆるめた。そのとき、開いた窓からの風がカーテンをあおり、室内に吹き込んだ。その風は彼女にまといつき、首筋のほつれ毛を小さく揺らした。

ぼくは、それを見て胸に感動が込み上げてきた。ただ存在しているだけで美しいものがあることを初めて実感したと思った。彼女はトレイを配り終えると、病室から出て行った。

ぼくは彼女がまた戻ってくるまでに時代特定作業をしようと、空間移動モードに入った。視線の向かう方向に視点が動き、それに連れて見える景色が変化していく。肉体ではないので、壁などの固体も通過できる。ぼくは彼女の去った方向に進んでみた。

廊下を行くと、前方から彼女と同じような服装の女性が二人歩いて来て、白いコートを着た中年の男がそれに続いていた。彼らはぼくの眼下を通り過ぎ、廊下の奥の部屋に入って行った。

さらに進むと、明るい光が射し込んでいる縦長の枠があった。近づくにつれて、それはドアが開かれた出入り口だとわかった。その右手には長椅子が置いてあり、そこに老齢の男と、子供連れの女が座っていた。子供の髪は目の上で真横に切りそろえられ、短いスカートを穿いていた。

ぼくは日射しの中に出ていった。建物の外部は光に溢れていて、目が慣れるまで少し時間がかかった。道路を挟んだ向かいの建物の前に、赤く塗られた高さ一メートルほどの円筒形の置物があった。ぼくは少しばかり高度を上げてみた。一帯は低い家々が連なっていて、二階建ての一階部分の屋根に看板を出している家や、建物の前にクルクルと回るオブジェを取り付けている家などがあった。オブジェは赤、白、青の帯が溶け合って回っていた。そしてそれらの家々が面する通りには、半袖の衣服を着た人々が行き交っていた。

ぼくは一通り辺りを見回すと、そうだ病院の外観を見なくてはと振り返った。斜めに見下ろす形で病院の全景が目に入ってきた。一辺が40メートルくらいの四角形の敷地に、中庭をコの字形に囲むようにして、煉瓦造りで二階建ての建物があった。

正面の入口に看板が掲げてあったので、それを見るために視点の高度を下げた。看板には文字が書かれてあり、それは象形文字だった。ぼくはバーチャルスクリーン上にあるツールメニューからカメラを起動し、看板をフレーム内に捉えた。そして『島外科』という象形文字を中心に据えて撮影した。今回のアクセスを終えたらすぐに文字の意味を調べようと思った。

カメラで撮影するといっても、実際にその時代で物理的に撮るわけじゃないらしい。どういう仕組みで意識の中にその情報を蓄えるのかは知らない。

ぼくは、もう一度上方に移動すると、町並みの様子も撮影した。最初のときより高度を上げたので、さらによく見渡せた。向こうの方に屋根がドーム型になっている高い建物が見えた。他の建物と比べて、外壁の材質や全体の醸し出す雰囲気が異なっていた。何らかの公共施設だろうと思った。

突然、バーチャルスクリーンの一部が点滅を始めた。アクセス終了のタイムリミットが近づいたという知らせだった。ぼくは急いで病室に戻ろうとした。そろそろ彼女が、患者の食べ終えた食器を取りに来るはずだった。アクセスが終わる前に、もう一度顔を見ておきたかった。

ぼくは視点の高度を下げて、ふたたび入口から入っていった。そのときなぜだか廊下の奥をちょっとだけ見てみたいと思った。さっき廊下ですれ違った彼らの行先に興味があったからかもしれない。ぼくは出てきた病室を通り抜けて奥に進み、見当をつけて左手の部屋に入った。そこは手術室だった。部屋の真ん中に手術台があった。そして驚いたことに、そこに彼女がいた。

彼女は部屋の隅に立ったまま、手にした白い紙を見ていた。紙は平面ではなく、いったん折り畳んだものを拡げたような形をしていた。便箋だろうと思った。その上に涙の粒が落ちていくのが見えた。彼女はポケットからハンカチを取り出すと、いったん目に当てたあと便箋を丁寧に拭った。そしてゆっくりと折り畳むと、左手に持っていた封筒に収めたあと、しばらくじっとしていた。気持の整理をしているように見えた。

彼女が手術室を出ていったあとも、ぼくはそのままでいた。もう一度病室に戻る気にはなれなかった。前回のアクセス時に、彼女は優しい眼差をして部屋に入ってきた。今回も同じことが繰り返されているはずだから、彼女は涙を流したあとにも、あの慈愛に満ちた顔で年老いた患者たちに接するに違いない。いったい涙はどこにしまい込んだのだろう。そう思ったとたんに、彼女の哀しみがぼくの心に流れ込んできた。ぼくは物心がついて以来味わったことのない感情に胸を鷲掴みにされて、うろたえていた。そうして、その思いのままにアクセスが終わり、ぼくは元の時代に還っていった。

二度目のアクセスを終えたあと、ぼくは夢中になって撮影した写真のことを調べた。写真に撮った象形文字は日本語だった。日本は旧アジア地区にあった歴史のある国だった。ぼくは歴史学習の対象地域を南半球からスタートさせたので、北半球に存在したこの国のことはほとんど知らないままだった。

ぼくはいろいろ調べるうちに、『島外科』という固有名詞が、この国にとってとても意味深いキーワードであることを知った。人類史上初めて人間に向けて投下された原子爆弾が、この病院の上空567メートルで爆発したのだった。

この史実を知ったとき、ぼくは瞬間的に彼女のことを思い浮かべた。とたんに体に震えがきた。資料にはさらに、爆心直下となったこの一帯は上空より数千度の熱線、爆風、放射線を浴び、ほとんどの人々は瞬時にその生命を奪われたと書いてあった。ぼくは白い制服を着た彼女の全身が一瞬のうちに炎に包まれ、衣服や肉体が熔解し、一塊の炭となる姿を想像して全身が総毛立った。

そんな馬鹿な、そんなことが彼女の身に起きるはずがない。ぼくは必死に、そうはならない可能性を探した。

調べてみると、このときの戦争が終わったあとにも、島病院は同じ場所、同じ名前で営業を続けていた。だから、ぼくがアクセスした時代は、もしかしたら戦後かもしれなかった。もっと詳しく史実を知る必要があった。

過去は過ぎ去ったことであり、たとえ彼女が戦前と戦後のどちらに生きていたとしても、今のぼくからみたら死者には違いなかった。しかし、どのような死に方をしたかは重大な問題だと思った。

ぼくは、それからしばらく図書館に通い詰めた。

人類史上初の原子爆弾を広島に投下した爆撃機エノラ・ゲイの機長の名は、ポール・ティベッツといった。旧北アメリカ地区にあった当時の大国であるアメリカ合衆国の陸軍航空隊第509混成部隊司令官で、陸軍大佐だった。彼は当時三十歳だったが、老年になってからのインタビューで、自分は任務を忠実に遂行しただけであり、胸を痛めることはなかったと述べている。それは軍人として、敵を打倒するために取った当然の行為だったということだろうか。あるいは、自分の足下九千メートルにいる生きた人間たちへ及ぼす影響を想像できなかったのか。

ぼくは、そんなことをあれこれ考えているうちに、ある仮説を思い付いた。それは、日本の方が早く原子爆弾を完成させていて使用できる軍事的状況にあったとしたら、たとえばアメリカ西海岸の都市に投下したかもしれないというものだった。

戦争を早く終わらせるために。これ以上いたずらに犠牲者を増やさないために。原爆投下の理由としてアメリカが主張してきたことそのままに、敵国アメリカの一般市民の頭上に、人類史上初の原子爆弾を投下したかもしれない。

もしもその決定が下されたとしたら、筋金入りの軍人である原爆搭載機の機長は、自分は任務を忠実に遂行するだけであり、胸を痛めることなどないと思ったかもしれない。

この仮説を考察してわかったことがある。それは、やはり人間の本質は暴力的であり、対立を通してでないと自己確認できない存在であるということだった。でも、だからこそ、愛や慈しみという感情が備わっているんだ。それがないと、人間は互いに殺し合い、破壊の限りを尽くすだろう。

ぼくの時代に戦争はない。人々はいつも幸福感を感じているので争う必要がないからだ。争いのない平和な世界は、やはり素晴らしいと思う。人類はほんとに長い時間をかけて、やっとここまで辿り着いたんだ。生まれてすぐに脳内に埋め込まれる極小の科学の結晶が世界の平和を保つなんて、過去のどの時代の人だって想像しなかったに違いない。

さらに調べるうちに、ぼくはポール・ティベッツの興味深い発言を見つけた。それはアメリカのコラムニスト、ボブ・グリーンのインタビューに答えたもので、グリーンが原爆投下による犠牲者について話すと、何が正しくて何が正しくなかったのか、誰が正しくて誰が間違っていたのか私にはわからないし、私自身が正しかったのかどうかもわからない、という意味のことを述べている。また、戦争に倫理は存在しない、それが戦争というものだとも言っている。さらに、アメリカ軍兵士は祖国を守る任務に命を賭けた、日本軍兵士も同様だろう、と当時の日本の軍人に対してある種の共感を示している。

一方、エノラ・ゲイの副操縦士、ロバート・ルイスは、原爆投下直後に鉛筆で飛行記録を書いているが、彼は、百年生きてもこの数分間のことを忘れることはないだろう、と後悔のニュアンスを滲ませている。

三度目のアクセスの日が近づいていた。ぼくは二度目を終えたあと、すぐに申請しておいた。時を超えるには多大なエネルギーを必要とするから、そう頻繁にマシンを稼動させることはできない。それに、ぼくの他にも利用者はいたから、申請したあとしばらく待たねばならなかった。

アクセスの二日前に、ぼくは自分の心を見つめざるを得なかった。伸ばし伸ばしにしていたことを無視することができなくなった。それは、ぼくがアクセスした時代は広島への原爆投下の前か後かということだった。正直、ぼくはその事実を知るのが恐かった。もし投下前だとしたら、ぼくに彼女を助けるすべはなかった。なぜなら過去は決して変えられないから。だけど、今こそ事実に直面すべきときだと思い直した。

調べる方法はわかっていた。ぼくが撮影した町並の写真を、歴史データベースから検索した西暦1945年8月6日以前と以後の写真と照合すればよかった。

ぼくは自分が撮ったものの中から一枚の写真に注目した。それは屋根がドーム型になっている高い建物だった。ぼくは資料を参考に島病院の位置から見た方位を特定した。それは北西だった。残念ながら原爆投下以前の資料からは、同様の写真は見つからなかった。それもそのはずで、ぼくの撮影した地点は家々の屋根を越えており、他には同高度の建物はなかったからだ。

そして、そのときは来た。ぼくが原爆投下以後の写真を見ていると、鉄骨が剥き出しになったドーム型の屋根を持つ建物があった。屋根の部分だけでなく建物全体が破壊され、かろうじて建っているという状態だった。原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)とネーミングされていた。ぼくはこの写真を見た瞬間に、自分の撮った一枚、屋根がドーム型になった建物の変わり果てた姿だと思った。同時に視野が狭くなり、目の前が暗くなった。薄れゆく意識の中で、ぼくは燃え上がる炎を見た。炎は人の形になり、やがて黒く崩れ落ちた。ぼくは気を失った。

アクセスの前日、ぼくはまた図書館にいた。昨日の出来事で、ぼくは図書館側から、しばらくは時を超えるのを控えるように言われたけど、とても重要なことを調べているからと言い張り、何とか許可を得ることができた。

ぼくは今や、人類に向けて初めて原子爆弾を投下した者たちを憎んでいた。ぼくは憎しみという、言葉の上だけで知っていて実際には味わったことのない感情を、生まれて初めて体験していた。そしてこの感情こそが、過去における人間に苦しみや惨めさを味あわせてきた張本人だと知った。

そこにどんな理由があろうと、おまえはおまえの側で正しく俺はおれの側で正しいといった認識があろうと、人類が繰り返してきたジェノサイドの一つに過ぎないという意見があろうと、ぼくはこの行為を許すわけにはいかない。なぜなら、ぼくの愛する人が殺されるから。そして実は、ぼくのこの思いは、同様な誰かの思いでもあるだろう。誰だって愛する人を殺されたくはない。

この人類史上初めての原子爆弾の使用は、その後の人類に多大な影響を及ぼした。現代にいるぼくにとっても、もちろん無関係ではない。原子爆弾はその後、水素爆弾や中性子爆弾などに発展し、使用方法も航空機からの投下からミサイル搭載へと変化した。そしてある日、世界中に林立するミサイルが空を飛び交い、ついに世界は統一された。異種のものがいなくなったから、争いも無くなるはずだった。しかし平和が続いたのはしばらくの間で、人々はまた争い始めた。

あるとき一部のエリートが人間の脳にチップを埋め込むことを協議し、それは実行された。人口が少な目な今が好機だと判断されたとか。当然、ぼくの脳内にもチップが入っているはずだ。

そう思ったとき、ぼくは愕然とした。ぼくは人間の頭上に原子爆弾を投下した者たちを憎んでいる自分に気づいたが、チップがある限りそんな感情を抱くはずがなかった。ぼくの体は狂い始めているのだろうか。今回のアクセスが終わりしだい検査を受けてみようと思った。でも、憎しみという感情は人の心を捉えて離さない魔力があるということにも、ぼくは気づいていた。

今回のアクセスがこれまでのように成功すれば、ぼくは再び彼女に会える。もっと言えば、今後もアクセスの度に会うことができる。ぼくは年老いるが、彼女は永遠に彼女のままだ。理屈はそうだ。理屈はそうだけど、ぼくはふと、彼女に会えるのはこれが最後になるような気がした。どうしてだかはわからない。

ぼくは明日のアクセスに向けて調査の仕上げをした。ポール・ティベッツのことをもっと知りたいと思ったので、彼についていろいろ調べた。実際に原爆を投下した人間たちのリーダーだった男が気になったからだ。調べていくうちに、彼がパイロットになろうと決心したエピソードがとても印象に残った。

ポール・ティベッツが十二歳だったある日、彼はパイロットと同乗してオープン・コックピットの複葉機上にいた。発売されたばかりの『ベビールース』というキャンディバーを、宣伝用にばらまくためだった。彼の父親が菓子類の卸を生業にしていた関係で、この企画が実現したのだった。パイロットの提案で、ベビールースに小さな紙のパラシュートが取り付けられた。複葉機が競馬場の観覧席上空に差し掛ったとき、彼は空中にベビールースを放り投げた。いくつものキャンディバーは、パラシュートを開いて空中を漂いながら落ちていった。

このエピソードを知ったとき、パッケージに陽光を反射させながらゆっくりと落下していくベビールースを、じっと見つめている十二歳のポール・ティベッツが、ぼくの脳裏に浮かんできた。この日を境に彼の人生は変わったのだ。

アクセスの朝、ぼくは8時過ぎには家を出た。ずいぶん早いのね、と出がけに母が言った。今日はとても大事な日だからと応えて、いつもより長めに母の顔を見た。夕飯までには戻りなさいよという母の声を背中で聞いて、ぼくは図書館に向かった。

ぼくは7時40分を目指してアクセスを開始した。アクセスは順調に進んで、ぼくはまた病室の天井近くにランディングした。壁の時計を見た。7時46分だった。前回はたしか7時44分だったから2分のずれが出たことになる。

前二回と同様に、ワゴンを押した彼女が病室に入ってきた。ぼくは今回はずっと一緒にいようと思っていた。例えて言えば、守護天使のように彼女に寄り添い見守っていたかった。ぼくはトレイを配り終えて病室を出る彼女の後を追った。調理室に戻った彼女は新しいトレイをワゴンに乗せ、他の病室に向かった。そうして、もう二室への配膳を済ませた彼女は、手術室の前に立ち、辺りを見回したあと中に入った。そして手紙を読み、涙を流した。いったいどんな悲しみが彼女を捕えているのだろう。ぼくの目の奥にも温かい泉が生じた。手紙をしまった彼女は調理室に戻り、ワゴンを押してトレイの回収に向かった。

病室を出るとき、彼女は上を見た。ぼくはじっと彼女の顔を見つめた。いつもなら彼女は、また視線を下げてワゴンを押し、部屋から出ていくはずだった。でも、彼女はそうする代わりに不思議そうな表情になった。そして、そのままこちらを見続けていた。ぼくは自分を見られているような気がして、胸がドキドキし始めた。もしかしたらほんとに、ぼくたちは見つめ合っているのだろうか?

ふいに彼女が微笑んだ。まるで空間に光の花が咲いたようだった。ぼくは死ぬまで、その笑顔に包まれていたいと思った。そのとき急に彼女は不安げな表情になり、天井を見上げた。ぼくは胸騒ぎを覚えた。不意に芽生えた嫌な予感は急速に膨張し、ある確信へと変わっていった。壁の時計を見ると8時15分になろうとしていた。

ぼくは決心した。リスクは大きかったが、そうせずにはおれなかった。ぼくはバーチャルスクリーン上にあるメニューから自由飛翔モードを選んだ。このモードにするとマーキングが解除される。時間と空間の移動がフレキシブルになり、突然他の時代に転移するかもしれなかった。しかし反面、空間移動の自由度が増すはずだった。

ぼくは顔を上げて、遙か上空に意識を飛ばした。次の瞬間、ぼくは青一色の空間にいた。眼下には緑の山と群青色の海に囲まれた三角洲があった。空には薄い雲が広がっていたけれど、日射しは強烈だった。天空を仰いだぼくの視線の先に三機の飛行機があった。そのとき、一機から芥子粒ほどの黒い物体が離れ、こちらに向かって落ちてきた。その瞬間ぼくの脳裏に、操縦桿を操作して旋回を始めながら、落下していく原子爆弾と、それにダブるベビールースを想像しているポール・ティベッツの姿が浮かんだ。おそらく彼の目には、落下したキャンディバーを味わう人々の笑顔は見えても、もう一つの落下の結果を味わう人々の顔は見えないのだろう。

ぼくは即座に、彼女と一緒にいようと心を決めた。そして元の場所に戻れるよう祈りながら、地表目指して数千メートルを一気に飛翔した。祈りは叶えられ、ぼくはふたたび病室にいた。

不安そうな顔で彼女は上を向いていた。ぼくが見つめると安心したような表情になり、すぐに微笑みが戻った。彼女には、ぼくが見えている! それは間違いのない事実だと思った。きっと心の目で見ているんだ。この世にはそういうこともあるんだなと、ぼくは感動していた。ぼくたちの魂は時空を超えて一つに溶け合ったに違いない。

ここのとこずっと学んでいた知識がリアルに立ち上がってきた。いくら意識のみがここにあるといっても、無事に済むとはとうてい思えない。生まれて初めて好きになった愛しい人と一緒に、ぼくはたぶん死ぬだろう。母は悲しむだろうかと考えて、ぼくは苦笑した。ぼくたちの時代には悲しみも怒りもない。そういった感情はチップが適切に処理してくれる。そして今、ぼくは理解している。怒りも悲しみもない代わりに喜びもないということを。彼女の時代とぼくの時代、原子爆弾と脳内に埋め込まれたチップの中間に、人類はバランスのいい地点を見つけることはできないのだろうか?

『航法士の記録。午前8時12分、IP(進入点)通過。進路264(真西より6度南)。機外気温マイナス22℃。高度3万1060フィート(9470メートル)。港に船舶8隻を認める。午前8時15分17秒、爆弾投下。43秒後に爆発。』

島病院の上空567メートルまで落下した原子爆弾の内部で、二つのウランの固まりが激突し核分裂が始まる。

この瞬間を基点とし、0秒から100万分の一秒の間で中性子が発生し地表を襲う。中性子はあらゆる物質を通過し、人体にも多大なダメージを与える。このとき爆弾の内部温度は250万度。

100万分の1秒後に爆弾本体が炸裂し、火球が出現。

100万分の15秒後の火球の直径20メートル、表面温度40万度。

0コンマ2秒後の火球の直径310メートル、表面温度6千度。

太陽の表面温度も6千度。地上からわずか412メートルの位置に太陽が出現。

火球が発する熱線と衝撃波、そしてガンマ線などの放射線が地上を襲う。

爆発の3秒から10秒後、衝撃波により半径4キロが壊滅。

そして、さらに……。