tomo blog

書く 歌う 結ぶ

月別: 10月 2014 (2ページ / 4ページ)

Tomorrow Never Knows = 528Hz

beatles_revolver


友人の「へるぴー」が、「In Deep」というサイトに載っている興味深い話を教えてくれた。
ジョン・レノンがビートルズ時代に作曲した「Tomorrow Never Knows」という曲の周波数と、5000年前の古代人が治療やヒーリングに使っていたかもしれない周波数が同じであるということ。
その周波数は528Hz。
この曲はベースが、このチューニングにおける1つの音(C)を弾き続けているので、528Hzの音がずっと流れるわけである。
この事実に気づいた「In Deep」さんが、528 Hzの音と「Tomorrow Never Knows」のイントロをつなげたものを作っておられるので、聴いてみてほしい。




ビートルズのは、こちら。




さらに「In Deep」さんによると、「ソルフェジオ周波数」と呼ばれる音階が聖ヨハネの賛美歌などに代表されるグレゴリオ聖歌に使われており、その音は特定の周波数を発して物質と意識に働きかける効果があるとか。
DNAの研究者であるレオナルド・ホロヴィッツ博士の著書にも詳細が書かれているとのこと。

396 Hz~トラウマ・恐怖からの解放
417 Hz~変容の促進
528 Hz~DNA の修復
741 Hz~表現力の向上
852 Hz~直感力の覚醒
963 Hz~高次元、宇宙意識とつながる

とか、とのこと、という語尾なので、真偽のほどはわからないが、「Tomorrow Never Knows」を聴きながら自分のDNA が修復されるイメージを楽しむのも一興だろう。


【 ビートルズ英語塾より 】

Tomorrow Never Knows

Turn off your mind, relax and float down stream
It is not dying, it is not dying
こころのスイッチを切って リラックスして 流れに任せなさい
死んでいくのではない 死んでいくのではない

Lay down al thoughts, surrender to the void
It is shining, it is shining.
すべての思考をなげうち 空虚に身を任せなさい
輝いている 輝いている

Yet you may see the meaning of within
It is being, it is being
内側の意味がわかるようになる
それは存在する それは存在する

Love is all and love is everyone
It is knowing, it is knowing
愛はすべて 愛は誰にでも
それは知ること それは知ること

And ignorance and hate mourn the dead
It is believing, it is believing
そして無知と憎悪は死を嘆く
それは信じること それは信じること

But listen to the colour of your dreams
It is not leaving, it is not leaving
あなたの夢の色に聞き入りなさい
それは別離ではない それは別離ではない

So play the game “Existence” to the end
Of the beginning, of the beginning
終わりまで「存在」のゲームをしなさい
はじめから はじめから

アベノミクスには出口がない

アベノミクスという言葉を見聞きするたびに、いったい誰がこの経済政策を立案し、誰がこのキャッチフレーズを考え出したんだろうと思ってしまう。
そして誰のための経済政策なのかということも。
アベノミクスに名前を冠された人物による立案とは到底思えないのが残念なところである。
彼はただのアナウンサーだろうか?
アナウンサーは示された原稿を忠実に読み上げる。
それが役目だ。
もしそうなら、誰がその原稿を書いたのか。

——————–

【以下、東洋経済ONLINEより転載】

hashizume-kobayashi

小林慶一郎・慶応大学経済学部教授(左)VS. 橋爪大三郎・東京工業大学名誉教授(右)


――お二人のご専門は経済学、社会学と分野が異なるわけですが、共通して日本経済の将来を憂慮されています。お二人にまず伺いたいのですが、アベノミクスをどうご覧になっていますでしょうか。

小林:結論的に言ってしまえば、昨年はうまくいきましたが今年に入って停滞している感じです。少なくとも2013年は、かなり早いスピードで円安が進み、株価もかなり改善され、それに連動して消費も増えました。

――今年4月から消費税率が8%になりました。それによって消費が予想外に冷え込んでいますが、この点については、いかがですか?

小林:7月ぐらいから回復すると言われていたのが、8月になっても回復していないというデータがあります。ですが、いずれ回復する可能性が高い。その裏付けとなる指標の一つが、失業率の低下です。8月30日時点で完全失業率は3.5%で、就業者数は20カ月連続で増加。実際、建設業をはじめ、いろんな業界で人手不足が生じています。
もうひとつは、設備投資計画についてのデータです。これを見るとプラスとなっていますので、今後も円安が続いていく、あるいは需要が増えていくと企業が予想していることが分かります。
ですから、停滞感は出ているものの、今のところ日本経済は、いい方向に行っていると言えるのではないでしょうか。

橋爪:たしかに今のところ、アベノミクスはうまく行っているように見える。国民の大多数も、なんとなくそう思っている。でも、こういう時こそあぶないと思う。
うまく行っているように見えるときは、政策転換しようとは誰も思わないので、このまま進んでいくわけです。そして、アベノミクスの本質は、対症療法にすぎない。ところが、日本経済がいま抱えている問題点の多くは、構造的で長期的なものです。ならば、少しでも体力が残っているうちに、一刻も早く構造的な問題に取り組み、快復への道筋をつけなくてはいけない。
その途中で一時的に病状が悪化したら対症療法も必要ですが、何より優先すべきは構造的で長期的な課題です。端的に言えば、1000兆円を超える累積債務を何とかして、財政を健全化しなくてはいけない。
アベノミクスは対症療法のかたまりですから、個別の政策が、構造的な課題とどう結びつくのかみえない。日銀による「異次元の金融緩和」にしても、貨幣供給量を増やして景気がよくなったように見えるだけで、構造的な課題にはまったく届いておらず、むしろ危機は深刻化しています。それなのに、日本経済にかかわる多くの人びとが、構造的な課題を深刻に受け止めていない。対症療法が効いたと、喜んでいる向きもある始末です。これもまた、とても危険なことだと思う。

小林:安倍政権にしても、経済成長だけでなく財政再建も目指すと折に触れてアナウンスしていますが、諮問会議等での議論より先へはなかなか進まず、具体的な政策が伴っていません。
先ほど橋爪先生が言われたように、どのようにして「出口」へ辿り着くかという構造的な問題と、直近の問題にどう対処するかという対症療法とが関連づけられていない。しかも、今のところ対症療法がうまく行っているため、構造的かつ長期的な問題から、かえって国民の目をそらす結果となっています。

橋爪:その対症療法も、賞味期限切れではないでしょうか。
消費が伸び悩んでいます。消費税率を8%に引き上げたせいよりも、根本的には、財政再建策がはっきりせず、日本経済の先行きが不透明だからです。アベノミクスへの信任もぐらつき始めている。安倍政権の予想以上に急速な円安が進んでしまった。円安なら物価も上昇するわけで、食料品や工業原材料が軒並み値上がりしています。輸出が振るわない国内産業には打撃ですし、物価の上昇分は実質的な所得減となり、景気の足を引っ張ってしまう。

小林:今年に入ってからの安倍政権には、二つの誤算があります。
ひとつは、円安によって企業の輸出がもっと増えるだろうと考えていたわけですが、予想に反してそうならなかった。想像以上に、企業の海外移転が進んでしまった。輸出が増えるためには、まず、海外移転した企業が日本に帰ってこないといけない。しかし、企業が帰ってくるまでには、数年以上の時間がかかってしまう。
もうひとつは、円安による物価上昇が始まっているのに、賃上げがそれに追いついていない。周知のように安倍政権は、企業に対して賃上げをするよう要請していますが、企業経営者からすれば、財政問題などの懸念材料があるため、賃上げをするとか、新規事業のための設備投資をするとかいった判断ができない状況です。
その意味でも財政問題が遠因になって、景気回復の足が引っ張られていると言えるでしょうね。

橋爪:最近の現象として、消費の二極化が起こっています。デフレこのかた、価格の安い商品に人びとが流れていたわけですが、このところ、一部の高額商品が売れるようになった。これは高所得層が、株や不動産の含み益が出たおかげで、消費行動を変化させた結果です。アベノミクスの効果が、こうしたかたちで表れている。
だからといって、非正規雇用の人が正規雇用になるわけではないし、中高年を中心とする早期退職の流れに歯止めがかかるわけでもない。むしろ、大多数の国民にとって可処分所得は減りつつあるわけで、財布のヒモも固いままです。それによって景気回復の足が鈍ってしまうという構図に変わりはない。

小林:高所得者層の消費が活性化することで、中間層以下にもそれが波及するというのが政権の予想ですが、そうならない可能性が非常に高い。

――こうした中で、今年12月には消費税率を10%まで引き上げるかどうかが決まるわけですが、これについてはいかがでしょう?

橋爪:安倍政権は悩むでしょうね。おそらく、アベノミクスで景気を回復させ、第二段階として財政再建に着手するつもりだったのでしょうが、景気にそこまではずみがついていないと判断すれば、消費税率アップを先延ばしにしてしまう可能性が高いと思う。

小林:多くの経済学者は、予定通り増税すべきと考えていますが、政権に対する支持率とか選挙のことを考えると、安倍さんの周辺は、このタイミングで引き上げたくはないでしょうね。
いま、新たに「地方創生」というテーマが掲げられ、地方にお金を流すような公共事業がいずれ実施されるはずですが、そんな風にして景況感を改善した上で、12月に消費税率を引き上げるというのが、財務省のシナリオでしょう。しかし、政治家がそれに乗るかどうかは、分かりません。もしかすると「地方創生」で財政支出が増大する一方で、増税はしないという結果に終わるかもしれない。そうなったら、最悪の選択なんですが……。

橋爪:まるきりの時代錯誤です。「列島改造」や「ふるさと創生」の発想のまま、ばらまきで経済成長ができると思っている。日本経済のメカニズムはその頃と様変わりしていますから、効果がないばかりか、事態をいっそう悪化させてしまいます。

小林:1000兆円を超える累積債務をなんとかし、財政を立て直すには長期的なビジョンを打ち出し、国民を説得するプロセスが必要ですが、いま、それをやろうとする政治家はいません。どうしても、次の選挙で勝つことを優先してしまうので、10年先、20年先を見据えた長期戦略を国民に示し、責任を持って実行するということができない。

橋爪:政治家は次の選挙のことしか頭にないかもしれませんが、有権者はそうじゃない。30代の人なら、あと半世紀も生きていかなくちゃならない。もっと長いタイムスパンで、もっと常識的な判断ができるはずです。ただしそれには、きちんと、有権者に正しい情報を伝えなければならない。それが出来ていれば、政治家は有権者の声にしっかり耳を傾ければいい。
ジャパン・クライシスを防ぐのに、対症療法は重要じゃありません。対症療法をいくらやっても、長期的で構造的な課題には関係がない。構造的な課題を放っておくと、とんでもない事態になりかねない。

――お二人が刊行された『ジャパン・クライシス』には、最悪のケースも想定されています。

橋爪:対応を誤れば、かなりの確率で、ハイパーインフレに陥ると考えています。そうなれば、こつこつ貯めてきた貯金も一瞬のうちに失われ、年金制度も破綻。企業や銀行も次々と倒産し、多くの人びとが路頭に迷うことになる。そうならないよう、一刻も早く手を打つ必要があります。

小林:今の30代、40代、50代、60代の人は、そうした事態になったら、だれも逃げ切れません。そうならないよう、少しでも早く財政を立て直す必要がある。『ジャパン・クライシス』にも書きましたが、最近では、財政が健全化しなければ景気も回復しないという研究結果も、出ています。

橋爪:私たちが言っているのは、簡単なことです。誰でもわかります。政府は、国民の生活を守るために存在する。その、政治の原点に立ちかえって、目先のことにとらわれず、優先順位の高いことからしっかり実行していく。国民は政府にそれをしろと、はっきり声をあげることが重要です。

——————–

当事者と非当事者

susa suigai


平成25年7月28日に山口県と島根県の県境で大雨が降り、水害が起こった。
島根県津和野町でも24時間での降水量が381.0mmという島根県観測史上最大の降水量を記録した。
山口側の県境に住む知人の町も大きな被害を被った。
おれのいる益田市とその町とは車で20~30分の距離だったが、幸い益田は大した降雨ではなかった。

そのときにおれは、災害地と被災害地の心理的距離を思い、当事者と非当事者との乖離を実感したのだった。
つまるところ、当事者になってみないとわからないことがあるということだ。
おれは某SNSに載っていた災害に関する記事に、当事者と非当事者についてコメントした。(たしかそうだったと思う)
そのとき起きていた災害についてというよりも、一般論として述べたつもりだった。
すると件の知人から、当事者でないなんて信じられない、益田もかつて水害に遭ったじゃないかという意味のコメントがあった。
たしかに益田は昭和58年に大水害に見舞われている。
だから想像力があれば、今回の水害に非当事者ではいられないんじゃないの?と彼は憤慨したんだろう。
実際に被害に遭っている最中に、一般論としての当事者と非当事者という概念はピンとこなかったのかもしれない。
以来、その知人とは会ってないし、何とは無しに軽蔑の念も伝わってくるようである。

益田からボランティアに駆けつけた人もいたし、ふだん通りの生活を送った人もいた。
おれも特にアクションを起こさなかった一人だった。

当事者と非当事者の間には深いクレバスが横たわっている。
おれはそのように感じている。
ただ、もしその知人から電話があり、「困っとるけぇ、ちょっと手伝いに来てもらえん?」と言われたなら、しらん顔はしなかったと思う。
その瞬間に、他人事では無くなったと思う。
そこらあたりに、深いクレバスを飛び越える意志が生じる秘密があるような気がしてならない。

ニール・ヤングのライヴ音源1970

neil young


これはニール・ヤングのソロコンサートの音源である。
1970年11月30日~12月2日に、ワシントンDCにある「セラー・ドア」という店で収録された。
3rdアルバム『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』発売直後の演奏だ。

下のサイトで全曲聴ける
http://www.barks.jp/news/?id=1000096806&page=2

Live at the Cellar Door
1.テル・ミー・ホワイ
2.オンリー・ラヴ
3.アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ
4.エクスペクティング・トゥ・フライ
5.バッド・フォグ・オブ・ロンリネス
6.オールド・マン
7.バーズ
8.ブリング・ユー・ダウン
9.アバウト・トゥ・レイン
10.シナモン・ガール
11.アイ・アム・ア・チャイルド
12.ダウン・バイ・ザ・リヴァー
13.僕のそばに居ておくれ

看護師 イメージと現実の乖離

kangoshi


おれは現在入院中である。
前回の術前治療で4週間、今回の手術で3週間ほど入院している。
だから看護師さんの働きぶりを、身をもって体験しているわけだ。
そんな折にタイトルにあるような記事を目にして、これはぜひみんなに知っておいてほしい内容だと思い、全文を転載させてもらうことにした。

入院という経験はしない方がいいに決まっているが、生身の人間はいつ病気や怪我に見舞われるかわからない。
それにいずれ老人になれば、嫌でも病院の世話になるのは必至である。
おれの父も病院で亡くなった。
あらゆる世代の人に看護師という仕事を理解してほしいなと切に思う。
本文中にもあるが、まさに看護師は患者の守護神なのである。
長文だが、ご一読を。


——————–

(2014年10月9日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)
http://medg.jp/mt/?p=2728

松井晴菜
聖路加国際大学看護学部4年

私は都内の看護学部の学生だ。縁あって様々な業種の方と話す機会があったが、自分が看護学部の学生であると名乗ると、看護師のイメージで話をされることが多々あった。そこで、看護師のイメージと実際に自分が学び目指している看護師像に大きなギャップが存在していることに危機感を感じ、この先の人生や人々の生活に強い不安を抱いた。看護師は、人々の健康的な生活を支え、高齢化社会を迎える上でも大きな役割を果たす重要な職業である。どの職業にもイメージと現実のギャップは存在するかもしれないが、私は看護師の役割についてもっと多くの人に知ってもらいたいと考えている。この現状を打破していくためにどうしたら良いのか、私なりに考察していきたい。

看護師について、皆さんの持っているイメージは夜勤等の激務に象徴される「大変そう」なイメージ、医療ドラマで良く出てくる「注射」や「血」のイメージ、ナース服や女性が多いことから連想される「かわいい」や「コスプレ」のイメージ、今までの時代背景や多くのマスメディアが描いてきた「医者の言いなり」といったイメージに留まっているのではないだろうか。マスメディアは、医療に関する国民のリテラシーを大きく左右する。ゆえに、「医者の言いなり」というイメージは、医療従事者のことを知らない国民に対し、医療の中心は医師であり、看護師はその指示に従うだけの汚物を扱う大変な女性の仕事だと思わせている。確かに、このイメージが強いのは戦後の看護師不足を解消するため設けられた准看護師制度の影響があるのかもしれない。しかし、今は4年制教育を受ける看護師が増え、看護界全体のレベルは上がってきている。この事実を裏付けるように、「大学卒の看護師が10%増えると患者の死亡率が5%減る」という研究が、Linda H. Aikenらにより2003年にアメリカ医師会誌(JAMA)で発表された。さらに、同じ研究グループが欧州で追試験を行ったところ患者の死亡率が7%減るという結果も2014年に英国のLancet誌で報告されている。このように、患者の命を守るためには看護師の教育レベルの向上が必須である。しかし、その事実に、イメージが追い付いていない。裏付けも取らないで勝手に独り歩きするイメージを植え付けているのは、中学・高校の先生方だ。生徒にそのまま教える様は現代の某メディアそのものである。ひとつ体験談をご紹介したい。

私が大学に合格した時お世話になった先生は、「おめでとう」という雰囲気よりも合格した私を前に、「国公立や早慶上智の方が良い大学だ」と唱え続けていた。そして合格後、担任や部活の顧問の先生には「注射の練習するんだよな、痛そうだな。」「大変で汚い仕事だけど、やりがいはあるから頑張れ。」とよくわからない同情と声援を受けた。私の友人も、看護学部を目指し小論文を学ぶために通っていた医療系専門の塾の先生に「どうせお前ら医者と結婚したいんだろ。」と授業中に言われたらしい。きっと医療に明るい人ならば、この状況の衝撃を共有して頂けるだろう。さらに、同世代の友達には「看護師ってことは血とか大丈夫ってことだよね?すごい!自分には無理だけど、頑張って!」と妙な尊敬や応援されたり、「医者の言うこと聞かなきゃならないのでしょ。大変そう。」と言われたりした。教育者の両親を持つ友人は、看護師になることを反対されたと言う。きっと直接看護師と関わったことがないからそういうことを言うのだろう。

大学に入学してから、多くの同級生が一度はそのような経験をして悔しい思いをしていたということを知り、驚くと同時に不思議に思った。働き始めたらそんな思いは薄れてしまうのだろうが、常に勉強し続けながらも患者さんの命や生活を守る重要な存在であるはずなのに、なぜこのような思いを中高生時代に抱く必要があるのだろうか。
大学に入ると植え付けられてきたイメージが違うと気付く事になる。看護学部では心理・栄養・薬理・疾病治療・生涯発達・コミュニケーション・文化・社会・情報・自然環境など、人間をとりまく基本的な内容を身に付け、患者さんの生命と安全を守るために多くの知識や患者さん中心に考えるための系統的な思考について学ぶ。看護師になるまでに必要な総授業時間数は、看護師等養成所の運営に関する指導要綱によると、3000時間以上、97単位と定められている。一般大学に比べて必修の授業が多く、一週間25コマのうち、私の大学では4年制の学部生は18コマ、3年制の社会人編入の学生は23コマ埋まっている時期もあった。このように忙しいカリキュラムの中でも、加えて実践的な実技・知識の習得のために、授業の空き時間には看護技術の練習も求められる。看護技術は、一つ一つの技術が身体への負担や患者の安全において考慮されており、習得するにはとても苦労する。

実習では、それらを確実に対象者への看護の実践に活かして働いている看護師さんの指導を受けた。そこでは、患者さん中心の看護をする上で心理社会的な要素だけではなく、病気に焦点をあてた自然科学的な要素も看護師は視点として持っておく必要があり、その煩雑さには大いに悩まされた。
看護実習の中で一番大変と言われている臨地実習は約半年間、7時半病棟集合16時解散で、小児・成人・老年・周産期・地域といったライフステージごとの領域別に、様々な施設で様々な対象者と向き合う。記憶に新しいのは、老年の実習で認知症の患者さんを受け持たせて頂いた時のことである。

私が担当した患者さんは、自宅で食事中に食べ物を詰まらせてしまったことから入院した、認知症の方だった。数字や文字は認識するのが難しいという症状があるが、感情はしっかり残っている。感情が残っていることは、認知症という疾患が脳の障害による疾患であるという知識がなくては理解できないだろう。認知症は一般的に、何を言っても理解できないと誤解され、虐待を受けやすい存在でもある。よって、彼のことを理解する上では、認知症という疾患の病態生理をまず理解することが重要であると再確認させられた。そして、要介護度5でありほぼベッド上で寝たきり、両腕だけが動かせるような状態だった。入院生活でのストレスや暴力的になっていることから、自らのベッドの柵や栄養を入れる管を勝手に外して安全が保たれなかったり、リハビリを拒否したりする、といった問題行動がみられていた。そこで私は、彼がかつて貿易会社に勤められ世界を行き来していたこと、そしてトランプや賭け事が大好きだったという社会的背景から、回想法という心理療法を用いて世界地図を紙に印刷したものを病棟のベッドサイドで彼に見せ、懐かしい思い出をよみがえらせたり、一緒にトランプをしたりした。その結果、彼の精神状態は落ち着いて頻繁に笑顔が見られるようになり、リハビリにも積極的に参加してくれるようになったのである。このことから、彼にとって安全でかつ一人の人間として尊重される入院生活を送れるように、看護師は生活のサポートをする、とても身近な存在であるということを実感した。

さらに、彼の腰部には大きな褥瘡(床ずれ)があり、その清潔を保つために定期的にケアをしたり、同じ部位に体重がかかって皮膚を傷つけないように体位変換をしたり、口から栄養が取れないため1日に3回決まった時間に経管栄養を行ったり、薬をその人に合った方法で与えたりすること等も行った。こういった事も看護師の仕事の内である。全てのケアについて、何のためにその患者さんにそのようなケアを行うのか、という根拠を現場の看護師は理解して行っている。私は、それまでに習った全ての知識や技術を生かさなければ、ケアすることはできないということを実感した。それはつまり、看護師さんが患者さんと真摯に向き合って”どのようにすれば患者さんの生活をより良くする事が出来るか”を考えることができるか否かで、患者さんが病院でもその人らしく生活できるかどうかを大きく左右するのだ。実際、患者の少しの異変に気づくためには、専門的知識や理論的思考、幅広い知識を元に発達していくものとされている直観力が臨床において重要であると言われており、しっかりとした教育を受けなければ、患者さんを一人の人間として尊重するような関わり方ができないのではないかと考えられる。

これが看護学部で学ぶ看護師の一つの現実である。看護師ってやはり「大変」だというイメージを助長してしまったかもしれない。しかし、一般大学に行ったとしても、看護学校の4年間と同じくらい大変な就職活動があると考えれば、看護学校での生活は精神的にも鍛えられるため、そこまで辛く感じない。さらに、大学生活での経験の多くは、自分自身の人生についても考える機会にもなり、有意義である。看護をする上で自分の性格や思考の傾向を把握し、自分自身とも向き合う必要があるからだ。看護師は国の定める資格であり、資格さえあれば全国どこでも看護職として働けて、なおかつ再就職にもほとんど困らない。もっとも離職率が高いため、現場での働きやすい環境の整備は同時に進めていくべきだと考えられるが、女性としてワークライフバランスを考えた人生計画を立てる上では、働き続けやすい制度が整っていると考えられる。
看護学部で学んだ後も、将来の選択肢は多様である。臨床の看護師以外にも、保健師や助産師で別の専門職になる道、さらにキャリアを積めば大学教員や研究者になる道、政策やヘルスケアビジネスの分野で活躍する道だってある。このように、看護で学ぶ内容や看護職という職業は、どのような道に進んでも自らの可能性を広げることが出来るため、とても魅力的である。

最初に述べたとおり、看護師に対する一般的なイメージは現実に追いついていないため、私は看護師についてより多くの人に、特に中高生に知ってほしいと考えている。そのためには、看護師自身が情報発信をする必要があると考えている。かの有名なフローレンス・ナイチンゲールは「看護覚え書」という本を著し、看護の知識や技術は一般市民が身近な人の健康を守るためにも役立つもの、といった内容を唱えていた。当時その本は多くの人に読まれたことで、人々のヘルスリテラシーを向上させたのではないかと考えられる。現在、多くの健康情報がインターネット上に溢れている。それらの多くに、看護学部で学ぶ内容も含まれてはいるにも関わらず、看護師が発信したと分かるものは少ない。情報化が進んでいる中で、看護師が人々の健康的な生活を支える役割がある職業だと認識される機会が少ないのではないだろうか。そこで、私は役割を知ってもらうためには、自ら情報を発信する責任があるのではないかと考えた。誰でも発信できる時代だからこそ、一次情報に価値があると考えたからだ。それを実現する手段として、まずは「M-Labo」という医療系メディアを他大学の学生と一緒に立ち上げ、運営を開始した。まだまだ試行錯誤ではあるが、もちろんこれに留まらず、より広く様々な所で発信していきたいと思う。

大学で4年間学んだ今の私にこそ、高校の先生や予備校の先生に看護師とは如何なるものか伝えることができるのだと考えている。看護師の役割について伝えることは、看護師の未来を守るだけでなく、病院にかかる多くの方を救うことにもつながると信じている。看護師は患者の守護神である。もし、この文章を読んで看護学の可能性に興味を持ってくださる高校生がいたら、ぜひ看護学部に入学してほしい。教育者には看護のことをかつてのイメージだけで伝えるのではなく、新しい学問領域として前向きな視点で伝えてほしい。

——————–

発見!

shiori tniiyama


偶然に知ったんだが、このシンガーの声は好きだな。
下の動画で歌っているのは、キャロル・キングの「I Feel The Earth Move」である。
彼女は現在18歳。
父親の影響で小学生の頃から70~80年代のブルース、パンク、ロックを中心とした洋楽と邦楽を聴いて育ったとか。




シンガー&ソングライターなので、ふだんは自作曲をメインに歌っている。
下のオリジナル曲では、ザ・グルーヴァーズ(The Groovers)がサポート。

Jeff Beckは偉大なり

jeff_beck


ギターリストとして、ミュージシャンとして、そして体型キーパーとして。
現在70歳!!
おれも見習おう。


Jeff Beck – Big Block (Live in Tokyo)

2 / 4ページ

Powered by WordPress & Theme by Anders Norén