撮影 : 野村ゆき
詩作 : Tomo Kusunoki
 

060

 

「客観視」

自分の心や体の動きを常に観察することは可能か
今 嫌な気分になっているということはわかる
今 喜んでいるなと わざわざ思うこともないような
幸せな状態がデフォルトであればいいな

自分探しの旅に出た
霧が流れる石畳の街路をさまよい
港の屋台でフィッシュ・アンド・チップスを食べた
知り合った若いカップルに誘われてパーティーに行った
古い大きな屋敷の広い居間に入ると
こちらに背を向けて 男が椅子に座っている
見覚えがあるようなシルエット
心惹かれて近づくと 男が振り返る

自分の欲望や虚無感の大きさを常に観察することは可能か
今 最低な気分になっているということはわかる
今 最高だなと わざわざ思うこともないような
幸せな状態がデフォルトであればいいな
 

059

 

「恐怖と愛」

夜半に目覚めて 用を足しに起きて
また眠るのか そのまま起きてしまうのか
机に座って ふと考える
恐怖というものは身を守る本能なのは間違いないが
それを凌ぐものは やはり愛しかあるまいと思う
自己保身は恐怖から来る
依存もそうだ
無理に愛することはない
愛せるものだけ愛せばよい
そのとき恐怖はそばにいない
辺りが明るくなってきた
窓辺に下がるクロスが見える
縦の線と横の線
どちらが恐怖でどちらが愛だろうね
 

058

 

「小さなプリンセス」

到着ゲートの前で待っていると
少し懐かしい顔がこちらに向けて駆けてくる
たったったった
僕に飛びつくと ぎゅっと抱きつく
やがてプリンセスは成長し 王子の胸に飛び込むだろう
マドリードに到着した僕は バルでナースと知り合う
彼女は自宅に招いてくれ フラメンコを踊る
宿の朝食で供されるカフェ・コン・レチェとビスケットに人生の明るい面を見る
病は突然の来訪者だ それも歓迎せざる
水と食料を少し買い込んで 抗生物質を飲み 三日三晩眠った
夢と現を行ったり来たり
夢に来訪者があった 嬉しかったので忘れることはない
プリンセスは美しく花開いていた
滑走路を見下ろす草地に僕を誘い 並んで歩きながら遠くを指差す
あそこに三本の木が見えるでしょ?
手前の大きな木の向こうの空に薄い虹がかかっているのよ
あなたには見えるかしら
 

057

 

「そのとき」

穏やかな海面を二艘の船が往く
一艘は漁船で もう一艘は釣り船だ
ところどころが緑がかった美しい青が水平線まで広がっている
上空には雲がたなびき 爽やかな風がそよそよと吹く
平和な光景とは まさにこれじゃないかと私は思う
ようやく物事がうまく運び始めた
なぜなのか よくわからない
明け方の空に輝く月を見たからなのか
あの人の愚痴を聞いてあげたからなのか
ともかく人生が前に歩き始めた
海の向こうでは二つの国が一つになるとかならないとか
ジョーカーはクイーンを誘惑する
キングは決断を下さねばならない
それが彼の役目だから
休日の午後 海に来てよかった
明日からまた頑張ろう
そのとき
水平線の向こうに閃光が走り 海と空がオレンジ色に染まった
 

056

 

「人のため」

笹の葉が水滴を乗っけている
せっかく通りかかったのだから しばらく遊んでいけば?
降る雨に 笹はそう話しかけたのかもしれない
雨は丸まって 緑の葉の上でコロコロしている
小さな水滴も少し大きな水滴も 形は違えど同じ水だ
触れあえば一つになって転がっていく
人の心も そうならいいのに
いつも人のために いろいろやっている
なのになぜ自分は悪く言われるのか
そんな嘆きを聞いたことがある
人のためとは何だろう
便利さを与えることじゃなさそうだ
そもそも与えることなんて できやしない
人は人を見て勝手に学ぶんだ
そしてあらかじめ自分の中にある答えを再確認する
だから嘆く君よ
君は君で勝手に幸せであればいい
それが一番 人のためになる
 

055

 

「嫉妬」

ほとんどの人が何らかの嫉妬をする
対象は人だ
動物や植物にはしないだろう
恋愛関係の第三者に 才能に
経済的余裕に 地位に
容貌に 人気に
ふだんは穏やかな心の水面に嫉妬の小石が投げ込まれる
投げ込むのは自分自身だ
波紋はみるみる広がって心のかたちを変えていく
嫉妬は自己愛から生じる
他者への愛からではない
それを善悪で論じてもナンセンス
そういう心の状態があるだけさ
ただ お願いだから こう言ってほしい
わたしはわたしを愛しているから嫉妬する あなたでなく
なかなかに清々しいではないか
 

054

 

「林檎」

一口に林檎といっても こんなに種類がある
ふじ レッドデリシャス ゴールデンデリシャス
王林 紅玉 陸奥
国光 津軽 千秋
アルプス乙女 姫小町 世界一
印度 旭 ジョナゴールド
祝 フラワーオブケント シナノスイート
シナノゴール 秋映 ぐんま名月
陽光 紅の夢 茜
北上 金星 昂林
スターキング 北斗 黄王
シナノレッド 紅ロマン 星の金貨
トキ さんさ レッドゴールド
姫神 ハックナイン グラニースミス
ジョナサン カメオ ブレナムオレンジ
ジェイムスグリーブアップル ノビーラセット シナノリップ
宇宙に多種はあたりまえだが
多種の中の一種 一種の中のワン・アンド・オンリーなものはある
たとえば?
たとえば ジョン・レノンのシャウト!
 

053

 

「ネコ曰く」

なんでも やってみなくちゃわからない
体験を重ねると やらなくても推察できるようになる
ある程度はな
でも 推察は推察
やってみなくちゃ本当にはわからない
結果 うまくいくこともあるし ダメージを受けることも
それでも やったからこそ見える境地がある
自分で目標を決めて 精進し 達成したとき
おまえはまるで世界の王
 

052

 

「ありがとう」

ありがとうは有り難うとも書ける
有るのは難しい
なかなかないことだ
だから それが有ったときの嬉しさは格別だ
心底から発する気持ち故に
やたらと連発などできない
横浜で食事したリリは言った
あなたの給仕する人を労うありがとうは好きよ
どんなありがとうにぐっとくるか
それは人それぞれの好み
笑顔で言われるありがとうには なかなか勝てない
目の前にあるピンクの一輪
見つめていると聞こえた気がした
いやそれはこっちのセリフだよ
咲いてくれてありがとう
 

051

 

「記憶」

友人と話している
過ぎ去りし日々のこと
かなり昔のことなのに詳細に語る
だったよなと言われても覚えていない
一緒に行ったじゃないかと言われても思い出せない
おまえは なんでそんなに物覚えがよいのか
頭の出来が違うんだろうし 深く生きてきたということかもしれない
よほど印象に残る出来事でないと記憶されないと思うんだが
今にしか興味がないと過去に霧がかかる
それとも脳細胞の死滅か
過去に出会った人の顔を思い浮かべることがある
脳裏に当時の顔が出現する
これって凄いことじゃないか
脳内のどこに記録されているのか
脳内のどこにスクリーンがあるのか
誰かの脳内スクリーンに投射されている限り
おまえは ずっと生き続ける
同時代人に幸いあれ
 

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