フォトグラファーと書き手の気ままなコラボ

撮影 : 野村ゆき
詩作 : Tomo Kusunoki
 

030

「眠りから覚めたとき眠っていたことに気づく」

手術衣に着替えて車椅子に乗った
看護師が付き添って特別な通路を進む
外科エリアの扉の前に家族らが待っていた
頑張ってくるよと片手を上げて中に入る
両側にいくつかの手術室が並んでいる
該当の部屋にはマスクを付けたスタッフがずらりと並んでいた
手術台に上がる
心臓の鼓動はラウドで脈拍はハイビート
麻酔は酸素マスクみたいな器具からガスが出るものとばかり思い込んでいたが
実際には点滴でだった
だから身構えることもなく いつの間にか眠りに落ちていた
遠くから声が聞こえてきた
体を揺すられた気がした
薄目を開けると ぼんやりとした視界
しだいに焦点が合ってくる
全身麻酔中に夢を見ることはない
だから手術時間に自分はいない
目覚めて初めて時間の経過を知る
目覚めなければ眠っていたことに気づかない
死とは目覚めることのない眠りのこと
そう実感すると眠るのが怖くなるか
あるいは それもよかろうと思えるか
人は眠らねば生きれない

029

「スプーン」

今日の海は とても美味しそうなの
小さめの声が電話の向こうに聞こえる
ぷるぷるしたゼリーみたい
じゃあさ すくって食べればいい
どうやって食べるの?
ゼリーならスプーンでだろう
そんなの持ってない
イメージで作ってみな
海面にすっと差し入れてすくうんだ
そして口に運ぶ
でも そのゼリー
塩っぱいのが玉に瑕だね

028

「時間差交差」

動くものが出会うということは
そのものが存在する空間と時間が一致するってことだ
悠久の時間と広大な空間なのにさ
これってかなり奇跡的なことじゃないか
数秒のタイミングのずれで交差しない
いや 出会えばいいってもんでもないが
出会わない方がいいこともある
相手によるということはお互いに言えるわけで
良し悪しは相対的だ
空を飛ぶ鳥もたまには地上を歩く
飛翔できない小動物も地上を歩く
彼らが出会うシーンを想像してみよう
もしも砂地に足跡の交差があれば
それは幸運な時間差交差だ

027

「前を向いて」

闇は黒いとは限らない
白い闇もある
闇とは周囲が見えないこと
どうせ見えないなら前に進もう
後ろや横でなく
白いドレスのグラマーなサイキックが
彼岸に渡った父からの伝言を告げる
前が見えなくても まっすぐに進め
でもさ 闇と言っても
目を凝らせば見えてくるものがある
それは記憶の残像かもしれないし
未来からの投影かもしれない
さあ 前を向いて

026

「ブルー」

窓辺のテーブルに置かれた透明な酒の空き瓶に さりげなく数本の花が活けられている
窓ガラスを通して差し込む光がテーブルと花を薄いブルーに染めている
そんな遅めの午後 店内に流れている曲が変わった
あっ!
わたしの好きなジョニ・ミッチェルの「Blue」という曲だ
ピアノをバックに歌われる青い炎のような情熱
真っ赤に燃え上がる炎は外に向かい
青い炎は内面を這う
大きな喪失に 生きる力が尽きそうで
それでもなんとか踏みとどまっている
悲しみを癒やすものは悲しみしかない
ジョニの悲しみさえも慈しむ歌声に
一筋の光明を見た ある日の遅めの午後

025

「パンツ」

ねぇ あたしたち鬼なのになんでパンツ履いてんの?
人間に似てるからだろ
下着ってなんのために着けるの?
大切な場所の保護かな
頭の方が大切じゃない?
異性を刺激し過ぎないように
秘められてる方がエロくない?
見られると恥ずかしいから
恥ずかしいもの持ってるわけ?
よくよく考えると よくわかんないや
鬼は外って追われるから エデンに帰ろうか

024

「惹かれる」

惹かれることに理由を見出すのはナンセンスだ
初めて顔を見た瞬間に入るスイッチ
逸らせない視線
力強い握手
それはこちら側のこと
きみは どう感じたのか
そのことを少し懐かしく話題にする日がくるのかな
今この瞬間に共に在ること以上の神秘はない
この花は何に惹かれたのだろう
陽光に
雨の匂いに
あるいは きみの微笑みに

023

「渚」

渚に立って日没を見ながら
ネビル・シュートの小説を思い出した
核戦争で人類が滅びる話だが
人はどこで最期を迎えたいかという話でもある
服をすべて脱ぎ捨て 沖へ沖へと泳ぎ続ければ
どこかへたどり着く前に力尽きるだろう
そのとき
渚にとどまればよかったと悔やむかどうか
安全な場所など地上には存在しない
渚に立って寄せる波を見ながら
遠くに暮らすおまえを想う

022

「キャラメル」

キャラメルについて調べてみた
砂糖・生クリーム・バター・水飴などを130度前後で加熱して溶融させたあと、冷やして固めて作るソフトキャンディのこと
主に三つの有名メーカーによって作られている
森永製菓の森永ミルクキャラメル・明治製菓の明治キャラメル・江崎グリコのアーモンドグリコといった製品名を知らない人はあまりいないだろう
なぜキャラメルに興味を示したのか
その理由はこうだ
ある女性の自宅に招待された
スイーツ作りに長けた人だ
珈琲と一緒に細長い菓子を供された
飴色の中身が半透明の紙に包まれている
いったい何という菓子なんだろう
首を傾げながら思案してみたが よくわからない
思い切って訊いてみると キャラメルとのことだった
まさか細長いそれがこの世に存在しているなんて
キャラメルといえば立方体と相場が決まっている
そう思うと同時に、自分のスクエアさが恥ずかしくなった
人生至る所に学びあり
キャラメルでさえも優れた師となり得る
なんてね

021

「アイスティーをもう一杯」

森を抜けると少し開けた場所に小さな平屋があった
水をもらうためにドアをノックする
初老の女性が迎えてくれた
素早く室内を見回し 気配を嗅ぎ取る
今回の斥候任務は三人体制だが 少し前に三方に別れた
冷たいものはいかがですかと勧められる
気の緩みは命取りになるが 喉の渇きは耐え難かった
一杯だけならと受けることに
椅子に座って待っていると
テーブルにガラスポットとカップが置かれた
透明なポット内に茶色の液体と白い氷と緑のハーブが見える
女性は水滴の付いたポットからカップに液体を注ぐ
おれはカップを持ってゆっくりと口に運んだ
一気に飲み干したいところだが 女性の上品さの手前 そうしなかった
口の中が冷たい幸福感で満たされる
できるだけ急がずに飲み干すと カップをソーサーに戻した
もう一杯いかがですか
女性の声にかぶさるように かすかな地響きが聞こえてきた
任務に戻らねばならない
おれは礼を言うと外に出た
さっきより地響きは大きくなっている
複数のキャタピラが近づいていると思った

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