フォトグラファーと書き手の気ままなコラボ

撮影 : 野村ゆき
詩作 : Tomo Kusunoki
 

010

 

「紫陽花」

あの人の誕生日パーティに招かれた
雨の一日だった
気の利いた贈り物を買う持ち合わせが無かった
電車の駅に向けて歩いていると
小ぢんまりした一戸建ての玄関脇に紫陽花が咲いていた
雨滴を湛えた青紫の花弁が瑞々しかった
一瞬考えてから二つ三つ手折り
L.L.Beanのトートバッグに入れた
盗んだ花など受け取れないわと突き返されるのか
あるいは そうでないのか
大地に根を下ろした花
摘まれて花屋の店先にある花
盗まれてバッグの中で振れる花
紫陽花の花は花じゃないと知ったのは
その日から長い時を経たある日のことだった
 

009

 

「食欲」

交際相手から冷たくされて
とたんに何も喉を通らなくなる
そんな経験ありますか?
幸せ過ぎて食欲なくなることが無いとは言えない
でもたいていは
食欲と気持ちのアップダウンは連動してる
動物は傷を負ったとき絶食するらしい
消化に要するエネルギーを治癒に回すためだとか
この場合
食欲がなくなるんじゃなくてセーブするわけね
私の知り合いの癌患者さん
発病してからずっと食欲が落ちてないらしいよ
腫瘍マーカー値よりずっと当てになるバロメーターだ
もしかしたら抗癌剤の代わりに
ツルンプルンとしたフルーツゼリーなど
風の渡る午後に食べているのかも
 

008

 

「ピント」

何かにピントを合わせると周囲はボケる
目の機能がそうなってるし カメラもそうだ
そして心もまた
誰かにピントが合うとその他は少し遠ざかる
ピントの対象は移り変わっていくが
ある瞬間にシャッターが押され
ある瞬間に記憶に刻まれる
もしかしたら
ピンボケの中に探し続けた宝があるのかもしれない
 

007

 

「クモ曰く」

人間の世界では たいていの物に名前が付いているらしい
おいらも例外じゃない
なんでもクモというんだとか
勝手に名付けるなよって話だが
それは彼らの自由だから まあよしとしよう
おいらがおいら以外の者になんと呼ばれようと
そのことによっておいらに変化があるわけじゃない
彼らの世界では 名前がない物は存在しないと同じなんだ
名付けて初めて 対象物はこの世に居場所を与えられる
ずいぶん傲慢なことじゃないか
たとえ明日から地上に人っ子一人いなくなっても
困る存在なんていない
その程度のものなんだよ
それを教えてやりたい気もするが
おいらはいろいろと忙しい
糸を張ったり獲物を捕獲したりさ
雨上がりには 糸に乗ってる水滴が美しい
 

006

 

「自由」

悪魔が来たりて こう囁いた
自由になりたいのかい?
おれはちょっと考えてから答えた
もちろんだよ
自由とは何だと思うんだい?
行きたい所に行けて やりたい事をやれることさ
つまりは潤沢な先立つ物がある状態
そしたらおまえはどんな気持ちになる?
幸せな気持ちになるだろうよ
じゃあ自由の目的は幸福ってわけだ
おまえをこのガラス球の中に封印してやろう
冗談じゃない こんな狭さの中に自由はない
愚か者め よく考えてみるがいい
地球とガラス球に何の差があるというのか
そこから抜け出せないのは同じこと
幸せであるなら どっちも同じだろう
地上にいても常に幸せとは限らない
ガラス球の中には永遠の幸せがある
さあ どうする?
 

005

 

「ブルーベリー」

これって目にいいのよ
枝からもぎ取ったばかりの青紫の小さな玉を
手のひらに乗っけてきみは言う
それはきみの口癖だね
これって肝臓にいいのよとか
これって物忘れにいいのよとか
これって恋にいいのよというのは まだ聞いていない
そんなのがあれば試してみたい
いや きみに真っ先に試してほしい
最初に目にした相手を好きになるという魔法
いつになったら気づいてくれるのか
もう知り合ってずいぶんになるのにさ
柔らかなきみの髪が初夏の陽光に映える
 

004

 

「世界の色」

わたしの世界の見え方は変わってるらしい
あるとき大きな病院に連れていかれて検査された
きみには色が見えていないという
どういう意味だか解らなかった
だって風にゆれる木の枝だって見えるし
浜辺に打ち寄せる波の美しさもわかる
どういうわけか運転免許証はもらえないけどね
ドクターの言うわたしが見えない色って何なの?
草は緑で空は青 レモンは黄色で国旗の丸は赤
そう聞かされてもピンとこない
草には濃淡があるし 空と雲の境目は明白だ
レモンはその形と香りが大好きで
国旗のシンプルさは世界で一番
わたしの世界は豊穣だ
もしその色とやらが わたしの世界を染め上げたとしたら
その色の数だけ世界はもっと素敵になるのかな
 

003

 

「眉間」

眉間のシワは少ない方がいい
常にシワした人とは距離を置きたい
ほらほら綺麗な顔が台無しだよ
花にはたぶん眉間が無い
 

002

 

「ヘリコプター」

頭上からメインローターが回転する音が降ってくる
ジャングル戦用の装備を身にまとい待機している
まもなく降下が始まるから みんな緊張の面持ちだ
ぼくの心臓はいまにも爆発しそう
地上に降り立った瞬間からミッションが始まる
死の恐怖を払拭するだけのアドレナリンが要る
はたしてぼくにそれが出せるかどうか
上下の歯がガチガチと鳴り 下着を熱いものが濡らすんじゃないか
熱さはすぐに冷たさと不快さに変わる
敵に遭遇したら撃たねばならない 弾が尽きたら刺さねばならない
殺さねば殺される 自分は鬼になれるかな
ホバリングしている数機が順番に降下していく
着地点が狭いため一斉の降下ができないんだ
機体の底部が開いた
下方に位置する機体のローターの回転が見えた
ぼくの脳裏にある情景がうかぶ
それは写真展で見かけた一枚の写真
ぼやけた緑を背景に浮かび上がる二つの白い花
二十数枚の細長い花弁と中央にある黄色い柱頭
それらが回転するローターに重なって見えた
自機は地上に迫りロープが降ろされる
列の前の者から次々と下っていく ぼくの番が近づいてくる
そのとき
被弾して地面に倒れ薄れ行く視界の片隅に
あの白い花が咲いている幻を視た
 

001

 

「サンシャイン」

太陽の光に目を細めたのはアルジェにいたときのこと
土地によって陽光は凶暴になるんだ
だからおれもそれに従った

木漏れ日を閉じた瞼の下で感じるのは好きだ
そばにおまえがいてもいなくても
そういうのを小さな幸福というんだろう

もしも巨大な手が大気を二つに引き裂いたなら
おれらは直に宇宙と向き合うことになる
太陽が星々を殺してしまうから見えない

恋をしたっていいのさ
もし恋をしたのなら
ネパールの街道を驢馬が鈴を鳴らしながら往く

おれが塵になって消え去っても
太陽は平気な顔で輝くだろう
まさにそれこそが唯一の希望
 

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