GGライダー 9
振動が収まると、山端は素速く立ち上がってコンソールのところに行き、キーボードを叩き始めた。
「撮影した映像を再生して弾道を割り出し、発射地点を特定してみます」
山端は手早く作業を進めて、結果を出した。
「よし、わかったぞ」
山端の声に、彼らはいっせいに顔を上げる。
「ドームハウス前の庭からだ」
「なんじゃと?」とカワサキが上擦った声で言った。
「わしらのバイクがある」
「そりゃ確かか?」
本多も起き上がりながら訊く。
「間違いありません。今、偵察ロボットに確認させます」
間もなくモニター画面に丸いドーム型の屋根が映った。二台のハーレーも視界に入ってきたが、驚いたことに黒い車がその横にとまっていた。
「あれは」
本多とカワサキが同時に叫んだ。
「何か?」と山端がいぶかしむ。
「おそらく殺し屋の車やろ」
本多が唸る。
「お知り合いですか?」
「知り合いちゅうか、なんちゅうか」
「なかなか根性ある奴じゃのぉ」とカワサキが言う。
「おい、感心しとる場合ちゃうで。すまんが車にズームインしてくれるか?」
本多が山端に頼む。
「わかりました」
山端がマウスを手にすると、モニターディスプレイに車がアップになり、同時に月光に照らされた人影が迫ってきた。黒っぽい服を着てサングラスをかけた男だった。戦闘用ヘルメットから長く伸ばした揉み上げが覗いており、手には細長い円筒形のものを抱えている。
「ひょっとすると」
本多はカワサキを見た。
「うむ」
カワサキがうなずく。
「すまんが、わしのハーレーのサイドバッグをアップにしてくれへんか? ハウス寄りにとまっとる方や」
本多が頼むと、山端はすぐにそうしてくれた。オートバイの後部がぐぐっと近づいてくる。硬い牛革製バッグの蓋が開いているように見える。それで本多にはピンときた。
「カツラを取り返しに来おったんや」
本多がそう言うと、カワサキが付け加えた。
「たぶんそうじゃ。それと仕事をやりとげるつもりじゃろう」
「融通のきかんやっちゃな」
「ねえ、何のこと?」と夕波が不審がる。
「ちょっと訳ありやねん。あとで詳しく話すけん」と本多は安心させるように気楽っぽく言った。
「じゃが、なんでここが、というかカツラの場所がわかったんじゃろうな」
カワサキが首を傾げる。
「おそらくカツラに発信器か何かを仕込んどったんやろ。よっぽど大事にしてたんやな。きっと特注やで。そりゃそうと、さすがに何発も被弾したらまずいやろ?」と本多が山端に訊いた。
「そうですね。これまで程度の破壊力なら大丈夫ですが、相手はプロなんでしょ? 使う兵器がエスカレートしてくると危険ですね」
「エスカレート?」
「たとえば超小型核爆弾」
「ピカドンか?」とカワサキが顔色を変える。
「ええ。自爆テロ用に開発されたものが市場に出回っていましたよね。この人物が殺し屋なら、おそらく装備しているでしょう」
「自分も死んでしまうろうに」
「相打ちを選ぶ場合もあるかもしれへん」と本多が言った。
「あんたらを巻き込むわけにはいかへん。カワサキ、覚悟はええか?」
「おう」
「ちょ、ちょっと待って。いったいどういうことなの? 訳を聞かせて」
夕波が慌てて言った。
「ええよ。その前に時間を稼がにゃならん。奴に呼び掛けたいんやけど、無線で何とかならんかね。PWAを装着しとるはずや」と本多が山端に言った。
「わかりました。やってみましょう」
山端はコンソールにセットしてあるノート型コンピュータを開き、ほぼ瞬時に起動したディスプレイに右手の指でタッチして、左手でキーボードを操作した。マウスの代わりに直接指で操作する方式らしかった。
「全帯域チューニングモードでサーチしています。少し待ってください。しかし、あなた方もユニークな知り合いをお持ちですね」
冗談とも皮肉とも取れる口調で山端は言った。
「まあな。そう長い付き合いやないが」と本多が返した。
そのとき警告音が鳴って、ディスプレイの表示が変わった。
「チューニング完了です。このボタンを押して呼び掛けてみてください。画面上部に高感度マイクが付いていますから」
「わかった。おおきに」
本多はコホンと咳払いをしたあと、マイクに向けて喋り始めた。
「えー、本日は晴天なり。ええ月夜や。んなことはどうでもええんやが、われ、ええ加減にせいよ。どういうつもりや。昼間にも言うたやないけ、契約はキャンセルするちゅうて。払ったカネは返さんでええ。返さんでええから、もう去(い)んで寝えや。それに例のブツも、ちゃんと取り返したやんか。他言はせえへん。わしらは口が堅いんで有名なんや。心配いらへん。わかってくれたら、返事してくれ」
数秒のちに偵察ロボットのカメラがミサイルを捉えた。
「くそっ」
本多の罵り声と共に、一同は床に伏せた。すぐに振動と轟音が襲う。
「あかんわ」と本多が言った。
「聞く耳持ってへん」
「なあ、本多」
カワサキが真剣な顔で言った。
「あいつはきっと狂ってるんじゃ。自分を殺人マシンと思い込んどる。一度引き受けた仕事は、それを果たすまで遂行するちゅうハラじゃろう。そやし、このままここにおっても、らちが明かんで」
本多はしばらくカワサキの顔を見たあと、そやな、おまえの言うとおりやと言った。そして、再びマイクに向かって喋り始めた。
「あんたの返事、確かに受け取ったで。いま出てくさかいに、ミサイルぶっぱなすのはもう止(や)めれ」
「出てくって」と夕波が言った。
「そんなことしたら、殺されてしまうわ」
「もともと、そのつもりだったんや。つまり、あいつを雇ったのは、わしらなんや」
「えっ?」
夕波は大きく目を見開いた。
本多はそれから手短に、夕波と山端に事の経緯を話して聞かせた。山端は黙って聞いていたが、夕波は悲しそうな顔になり、やがて涙を流した。
「お年寄りがそんな気持ちで生きていたなんて。安楽死のことは知っていたけど、一部の特殊な事情の人だけと思ってた」
「いや、たいていの老人は死にたがってるんや。生きててもしゃーないからな。体は弱るし、カネはない。まあ、それはいいんや。弱るのは自然の摂理やし、貧乏でも飢え死にするわけやない。そやけど我慢できんのは居場所がないちゅうことや。四半世紀前までは定年で職場を去っても、パートで働いたり、地域の行事に参加したり、孫の世話をしたり、なんやかやとすることがあったし、それなりに必要とされてたんやが、今はなんもない。仕事は若年と壮年でパイの奪い合いやし、地域の結束は都会も地方もゆるゆるで、孫を抱こうにも一緒に暮らすことはまれや。病院や福祉施設は満員で、自宅がある者も独居老人として一人寂しく死んでいくことが多い。わしらの周囲は、そんな話ばっかやで。これじゃあ、死んだ方がましってもんや」
本多は話しながら、やりきれない思いになってきた。
「じゃけぇ」とカワサキが続ける。
「わしらも近い将来、そんなふうに生涯を終えるんじゃろうなと思っとったところへ、こいつが話を持ってきおった。さすがに一瞬びっくりしたが、竹馬の友と一緒に好きじゃった映画のように死ぬるんも悪くないと思うたんじゃ。いったんそう覚悟したら、なにやらワクワクしてきて、わしが欲しかったんはこれじゃと思い至ってのぉ。どんな境遇にあっても、そん時そん時に生きとるいう充実感がありゃあ人はやっていけると、改めて思うたんじゃ」
「なら、あたしの事故に遇ったことで、その計画はじゃまされたのね。あたしのせい。でも、よかったわ。結果的に死なずに済んだから」
夕波はほっとしたあと、はっとした。
「だから今出てっちゃだめ。絶対にだめよ」
「気持ちは嬉しいが、このままじゃ全員やられちまう。せっかくの旅立ちがふいになるやん」
本多は気分が高揚してきたのを感じながら言った。自分たちのヒロイックな行為に酔っているのかと思ったが、そうではなく、ただ夕波に生き残ってほしいという思いからだと解った。
「ねえ、ヒトちゃん、何かいい方法はないの?」
それまで黙っていた山端が答える。
「あるよ。たった一つだけ」
「え? 本当?」
「ああ」
「どうするの?」
夕波の顔がぱっと明るくなった。
「全員で飛び立つんだ」
山端の言葉を聞いて他の三人は息を呑んだ。それは思いがけない提案だった。
「今、本多さんの言われたことには共感を覚えます。老人たちの実態はまさにそのとおりで、そういう状況から抜け出るには、善悪を超えた心の躍動しかないでしょう。あなた方が選んだ方法も一つの選択だと思います。ならば、一度死んだと思って新しい世界で生き直すのも一興ではありませんか?」
本多の心は揺れていた。地球を去ることにすれば、とりあえずは全員が助かる。それに夕波としばらくは一緒にいれる。それはとても魅惑的な選択ではあった。一方で、永年過ごしてきた故郷を後にすることへの躊躇があった。それは彼の年齢からくるものでもあった。たぶんカワサキも同じような気持ちでいるやろなと本多は思った。
「もう時間がありません。これ以上待たせると逆上させる恐れがあります。あと三十秒で決断をお願いします。夕波も、お二人が決めたことには同意して差し上げなさい」
夕波は、でもと言ってから思い直したように、わかったと言った。
本多はカワサキに向き直って、じっと顔を見つめた。カワサキも見返す。幼稚園の頃から、一時期離れてはいたものの、ほとんどの人生を身近で過ごした竹馬の友の向こうに、自分の通ってきた日々の断片が物凄いスピードで立ち上がってきた。楽しいことも辛いことも、いいことも悪いことも、それらの思い出は自分が一生かけて創り上げた宝やと思った。そして生を終えるときに、その苦く甘味な宝を一瞬のうちに味わって去るんやろとも思った。しかし、それは生まれた場所、つまり地球にいるからこそ起きることであって、ここを離れたらそれはないような気がした。
ここで死のうか? と本多はカワサキに目で問い掛けた。そうじゃな、ええよと彼は返してきた。
「出口を開けてくれはるか?」と本多は山端に言った。山端の目に微妙な光が宿り、夕波が息を呑んだ。
「わかりました」
山端はそう言ってキーボードを叩いた。
夕波は物言いたげな顔をして呆然と立っていた。本多は右手を差し出して握手を求めた。白く細い指がゴツゴツした本多の手に包まれた。手の平の感触と温もりが伝わってきて、本多の胸を切なくさせた。続いてカワサキも握手して別れを惜しんだ。
「用意ができました」と山端が告げた。
「おおきに。世話になったな。この子を幸せにしてやってくれ」
本多は夕波をちらっと見ながら山端に言った。
「夕波さんをたのむけぇ」とカワサキも軽く頭を下げた。
「あなたたち、あたしの保護者みたい」
夕波は泣き笑いの顔で言った。
「ほな」
本多は片手を上げて挨拶すると、カワサキと共に部屋を出てホールを横切り、出口に向かった。最初に夕波とここに来たときと同じように壁が発光する通路を進んでいった。本多は一度も振り返らなかった。振り返ると、張りつめていた何か透明で硬質なものが崩れてしまう気がしたからだった。カワサキもまた前を向いて黙々と歩いていた。
母船の外に出ると、月の光が降ってきた。周囲を見渡すとあちこちで山肌が削がれ、母船の表面が剥き出しになっていた。ミサイル着弾の跡だった。
「ずいぶん派手にやってくれたもんじゃ」とカワサキが言った。
「そやな。母船が露わになってしもうたな。爆発音の通報で警察が動くやろし、どのみちもうここにはおれん。山端にとっては潮時ちゃうかな」
本多は夜目に浮かぶ銀色の機体を眺めつつ言った。
「いこか」とカワサキが言った。
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