GGライダー 8

gg-rider2401

「子供はできんかったんかね?」とカワサキが尋ねた。
「人間とは染色体の種類が異なっているという理由で、性行為はできても生殖は不可能なのです」
「そうじゃったか」
 カワサキは溜息をついた。
「あんたは、ほんまにずっと独りで生きてきたんやな」と本多が言った。
「そうですね」
「そしてあの子に出会った」
「はい」
 本多が何気なく見上げると、天窓の彼方に丸い月が見えた。この山端と名乗る宇宙人が地球に落ちてきた当時も、今夜と同じく澄んだ夜空に月が輝いていたやろかと本多は思った。
「山端さん、最後に一つ訊いてええかね?」とカワサキが言った。
「はい」
「結局、あんたは旅立つんか? それとも」
 山端は、しばらく黙って考えていた。
「今朝、わたしは出発するつもりでいました。けれど、夕波に別れの電話をして船内に入ろうとした矢先に、いつもの発作が起きてしまいました。わたしの心の底に迷いがあったからなのか、夕波の思いがそうさせたのか、いずれにせよ出鼻を挫かれてしまいました。このことが何を意味するのかわかりませんが、今は夕波の判断にゆだねる気になっています」
「てことは、夕波さんが望めば、ここに留まることもあるってことじゃな?」
「そういうことです」
「あるいは、共に旅立つか」
「あるいは」と本多が加わる。
「あんたが去って、あの子が残るか」
「そうじゃな、三通りの道があるってことになるか」
 カワサキも本多も山端の顔を見つめた。山端も視線を返す。彼らはそれから、しばし無言でいた。
 やがて山端が言った。
「そろそろ夕波を起こさねばなりません。人間があまり長く蘇生カプセルに入っていると、細胞が活性化しすぎて危険なのです」
「そりゃいけん。はよう起こしてやりんさい」とカワサキが驚いて言った。
「あなた方はどうされますか? 今夜はここに泊まってもらってもかまいませんが」
「あの子に会わせてもらえんかね」と本多が山端の目を見て言った。
「夕波にですか?」
「そや」
 山端は、まるで本多の心の中を探るようにじっと見つめてきた。本多はその視線にいささか狼狽(うろた)えつつも、山端の瞳の向こうに夕波の笑顔を見ていた。
「わかりました。わたしと一緒に来てください。もうすでにお越しいただいてるわけですし」
 そう言うと、山端は立ち上がった。
 ドームハウスの外に出ると、辺りは明るかった。雲一つない天空には月の光が隅々まで届いており、地上にも無数の光の矢が降り注いで、オートバイの影がくっきりと地面に落ちていた。
 彼らは山端を先頭に山道を登り始め、やがて母船への入口になっている岩のところに着いた。山端はリモコンで扉を開き、本多とカワサキを内部に導いた。壁自身が発光する廊下を行くと、小型宇宙船があるホールがあった。宇宙船は昼間見たときと違って、何か力のようなものが感じられた。もしかすると離陸準備が整った状態なんかもしれへんと本多は思った。彼らはホールを横切って、向かいにある小部屋に入っていった。
 部屋の中には蘇生カプセルがあり、透明なカバーの内部に夕波の体が見えた。顔は器具で覆われていたが、体にぴったりした服をまとった胸のふくらみが小さく上下していた。山端がカプセルに付いているボタンを押すと、カプセルの内部が白っぽい光に包まれた。そしてしばらくすると、カプセルのカバーと顔面を覆っていた器具が左右に割れて、台の内部に収納された。
 三人が見守る中を、夕波がゆっくりと目を開いた。その目覚めは、永い漆黒の夜にようやく現れた日の出の予感のようだった。最初は目の焦点が合わないのか心許ない表情だったが、しだいに瞳が輝きを帯びてきた。そして、はっと息を呑む音と共に上半身を起こそうとした。しかしまだ筋肉に力が入らない様子で、背中をわずかに浮かせたに留まった。
「あたし」と夕波が声を上げた。
「いきなり喋らない方がいい」
 山端は優しく言って、夕波の手を握った。
「ヒトちゃん」
「ああ」
「きっと間に合うと思ってたわ」
 山端は無言でうなずいた。
「よかった」
 夕波は安堵したのか、いったん目を閉じた。間もなく閉じた瞼から涙が溢れてきた。
「よかったなあ、夕波さん」とカワサキが言った。
「え?」と夕波が目を開けて辺りを見回した。
「カワサキさん? なぜここに?」
「本多もおるで」
「よー」
「本多さん。いったいどうなっているの?」
 夕波は驚きながらも嬉しそうだった。
「GGライダーが再び参上つかまつった」と本多が戯けて言った。
「ここから出たいわ。ヒトちゃん、起こしてくれる?」
 夕波は甘えた声を出した。
「わかった」
 山端は夕波を横抱きにしてカプセルから出すと、ソファまで運んで座らせ、自分も隣に腰を下ろした。夕波は山端に上体を預ける。
 本多とカワサキは壁際の床に座って、壁に背中をもたせかけた。
「なんだか不思議な感じ」と夕波が言った。
「まるでファミリーみたいに心地いいわ」
「てことは、夕波さんが孫で、わしらが祖父じゃな」
 カワサキはそう言って、まてよ、と付け加えた。
「一番年上は山端さんじゃ。なんせ千三百歳以上じゃけぇ。いや、見掛けは全然若いけどな」
 カワサキの言葉に、みんな一斉に吹き出した。
 本多は山端の笑う顔を見ながら、奴はいつ頃から笑うことを覚えたんやろと考えていた。もしかすると奴らには笑うちゅう概念がなかったんやなかろうか。それが長い年月の間に、しだいに身に付いていったんか。それとも夕波に出会って初めて微笑むことができたんか。
「どうして、またここに?」と夕波が二人に訊く。
「あんたに、もいちど会いたかったんや。それに」
 本多は言いよどんだ。
「それに何なの?」
 ちらっと山端の方を見てから、本多は言った。
「あんたを遠くに行かしとうなかった。わしの価値観からすると、あんたはきっと寂しい思いをするに違いないからな」
 本多の言葉は夕波を動揺させたようだった。重くなった場の空気を察してカワサキが言った。
「なあ、夕波さん。あんた、山端さんのことをヒトちゃんと呼んどったが、名前がヒトシとか何とかなんか?」
「違いますよ。かつて柿本人麻呂だったことがあるから、ヒトちゃん。シンプルでしょ?」
「そうなんか。で、今の名は?」とカワサキが山端に訊く。
「特に名乗っていないのです。苗字が名を兼ねています」
「だから、あたしが勝手に付けたの」
「そうじゃったか」
「どうぞ椅子に座ってください」
 山端が立ち上がって壁のスイッチを押すと、壁面の一部から長方形の板がするすると迫り出してきた。続いてテーブルに対する椅子の位置にベンチが出てきて、あっという間にゆったりとした四人がけのテーブルが出来上がった。
 本多が驚いて見ていると、山端は戸棚からランチョマットを出してテーブルに置き、続いて人数分のグラスをマットの上に乗せたあと、戸棚から取り出した瓶に入った赤い液体を注いだ。
「きれいな赤じゃけど、何かね?」とカワサキが訊いた。
「山桃酒です。体が温まりますよ」
「へえ、あんたが作ったんか?」
 本多が興味深そうにグラスを見つめる。
「そうです。近くに木があるものですから。さあどうぞ召し上がってください。夕波も少し飲むといい」
 山端の言葉に、三人はそれぞれの場所からテーブルに移動して、グラスに口をつけた。
「こりゃ旨い」とカワサキが言った。
「ほどほどにしとかんとな」
 本多は自分に言い聞かすようにつぶやいた。
 四人は山桃酒を味わいながら、しばらくの間無言でいた。
 本多は遙か頭上に月を感じていた。夜が更けるにつれて冴え渡る光が、その大きさを増して夜空いっぱいに広がっていく様をイメージした。そして、今日はこれまでの人生で最高の日になったと思った。
「なあ、わしらお邪魔やったんちゃうかな」
 ふいに本多が口を開いた。
「え? どうして?」と夕波が目をみはる。
「あんたら同士、いろいろと話しもあるんちゃうか思うてな。わしらがおるけん何かと話しずらいかもしれへんし、これいただいたあとすぐに退散するけん」
「じゃまだなんて」という夕波の声に被さるように山端が言った。
「わたしは先程からずっと思い出していたのです。わたしがこの場所に不時着してからのことや、それ以前に故郷の星で暮らしたことなどを。わたしは夕波をここに残して故郷に向かおうとしました。なぜなら本多さんに指摘されたように、夕波をわたしの母星に連れて帰れたとしても、夕波が望郷の思いに苦しむことになるとわかっていたからです。わたしは夕波と離れたくないという気持ちと、愛する人に辛い思いはさせたくないという気持ちの板挟みで、ずっと思い悩んできました」
「あたしは、あたしで」と夕波が言った。
「ずっと一緒にいたいという思いと、この星を離れたくないという思いに引き裂かれていたわ。でも、さっき目覚めて思い知ったの。ヒトちゃんのいない風景は色あせて見えるって」
「なんかジンとくること言いんさるなあ」
 カワサキは目頭を押さえた。
「そうして」と山端が続ける。
「いざ機内に乗り込もうと思った矢先に、わたしは体に変調を来して倒れてしまいました。ときたま起きる発作かと思いましたが、どうもそれだけではないようでした。わたしは気が遠くなりながらも、何とか蘇生カプセルに入ることができました。そして今、わたしはそうなった理由に気づいています。それは」
「さてっと」
 突然、夕波が言った。
「そろそろ出かけようか、ヒトちゃん」
 山端が驚いた顔になる。
「午前零時を回ると、タイミングがずれるんでしょ?」
「まさか」
「うん」と夕波がうなずく。
「あたしも行くよ」
「夕波さん、あんた」
 カワサキが低く唸った。
「たまには、ふるさとに帰らなきゃね。もう永いことご無沙汰だもんね、ヒトちゃん」
 夕波はそう言って山端を見つめた。
「おれは」と山端が夕波に言った。
「やっと気づいたんだよ。故郷は、おれの心の中にあると。どこにいても、どこで生きても。だから」
 山端の声をマスキングするかのようにドーンと地響きがして、同時に部屋が揺れた。悲鳴を上げて夕波が山端にしがみつく。
「地震か」と本多が叫んだ。
 途端に再度の轟音と揺れが襲った。
「テーブルの下に入るんじゃ」
 カワサキが慌てて言った。
「みんな、床に伏せててくれ」
 山端は夕波を床に座らせると、壁際に寄ってボタンを押した。すると壁面が開いて大きなモニターが現れ、コンソールがせり出してきた。彼はキーボードを操作して、モニターをアクティブにした。すぐに画面が現れるかと思ったが、変わらず暗いままだった。
「監視カメラが作動しない」と山端はひとりごちた。
「ならば、偵察ロボットを飛ばそう」
 彼は再びキーボードに向かった。
「何が起きたの?」と夕波が心配そうに尋ねた。
「よくわからないが、地震ではなさそうだ。もう少ししたら様子がわかると思う」
 新たな衝撃を警戒しつつ、彼らはしばらく様子を見ていた。そのうちにモニターの画面がパッと明るくなった。
「映った」とカワサキが小さく叫ぶ。
 モニターに映る映像は不安定に揺れている。まるで飛びながら撮っているみたいだ。本多がそのことを言うと、山端が答えた。
「昆虫の形をした偵察ロボットなのです。しかし、かなり破壊されましたね」
 山端の言葉に画面を見ると、山の斜面が大きくえぐれて、銀色に光るものが覗いていた。母船の外部やろと本多は思った。
「いったい誰が」と夕波が言った。
「見当もつかない」
 山端はいささか緊張した表情で答えた。
 そのとき偵察ロボットのカメラが飛来物を捉えた。小型ミサイルのようだった。
「来るぞ。頭を抱え込んで床に伏せるんだ」
 山端が叫ぶと同時に床が震えた。
「くそっ」と本多が歯ぎしりする。

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