GGライダー 6
「夕波さん、中におるろうか」とカワサキが言う。
「どやろな。たぶん宇宙船の中やないかな。眠る彼氏に付き添ってるやろ」
「そうじゃな。ともかくバイクをとめるか」
カワサキはドームハウスの前庭にバイクを乗り入れ、本多がそれに続く。アイドリング状態になったエンジンは、走行中ほどではないにしても腹に響く音を発しており、ハウス内に夕波がいれば何らかの反応があるはずだった。
ヘッドライトがドアを照らしている。ドアの脇に指紋照合用のパネルが見える。本多はそのパネルに白く細長い指を押し当てている夕波を思い浮かべた。そして、あの子がこの地球からいなくなるなんて、あっちゃならんやろと強く思った。
「どうやら気配がないようじゃな」とカワサキが気落ちした声を出す。
「山道を登ってあの岩んとこに行っても、リモコンがないと入れへんしな。今夜はここで野宿するか」と本多が言った。
「野宿いうても、どがぁするんじゃ」
カワサキはハーレーに跨ったまま、そう訊いた。
「わしらは鉄の馬に乗ったカウボーイやん。カウボーイは野宿するもんと相場が決まっとる」と本多が答える。
「そうか、カウボーイか。オールド・カウボーイやな」
カワサキは納得した顔でキーに手を伸ばし、エンジンを止めようとした。
「おい、待て。明かりがいるけん、バイク回して、こっち照らしてんか」
本多は両足を使って自分のバイクの向きを変えながら、ヘッドライトのビームでハウスの右手奥を示した。カワサキが見ると、畑とその奥にある雑木林が照らし出されていた。
「さっきここに入ってくるときに気づいたんや。どうやら家庭菜園みたいやな。なんか食えるもんがあるかもしれへん。まず薪を集めて火を熾(おこ)そう」と本多が言うと、
「よっしゃ。そういやあ、腹減ってきたもんな」とカワサキは丸く突き出た腹部をさすった。
二台のバイクのエンジンをかけっぱなしにしておいて、彼らはさっそく雑木林に分け入って枯れ枝や落ち葉を集めてきた。そうして畑の手前にある平地に積み上げると、本多が皮ジャンのポケットからライターを取り出した。今回オートバイを買った際に、販売店のオーナーにもらったジッポーのオイルライターだった。ライターの側面にイージーライダーのロゴがレリーフになっている。本多が点火すると、まず下の方に敷いた枯れ葉が燃え上がり、その炎が小枝に移った。
「すまんが、大きめの木を集めてきてんか」と本多が頼んだ。
「おう」
カワサキは再び林に向かい、本多は火が消えないように注意深く焚き火を作っていった。やがてカワサキが両腕に枯れ枝を抱えて戻ってくると、数本を火にくべたあと、彼らはバイクのエンジンを切った。
しばらくは耳にエンジン音の残響があったが、間もなく静寂がそれに取って代わった。
カワサキが集めてきた枯れ枝はやがて真っ赤に燃え上がり、しだいに熾になっていった。焚き火を囲んで地面に座った彼らの顔を炎が赤く染めている。
「このくらい灰ができたらいいやろ。カワサキ、火の番頼むで」
本多はそう言って立ち上がった。
「どこにいくん」
「晩飯を調達するけん」
そう言い置くと、本多はハウスの側に建っている小さな物置小屋まで歩いていった。そして引き戸を開けると、
「思うた通りや。畑仕事の道具がある」と振り返ってカワサキに言った。
本多は月明かりに照らされた小屋の中から鍬を取り出すと、それをかついで菜園に行った。
「何を掘るんじゃ?」とカワサキが声をかける。
「まあ見ときや」
本多は鍬を振り上げると、地面を掘り始めた。しばらくして彼は両手に掴んだものを物置小屋の側にある水道まで運んで、水を流しながら洗い始めた。付いている土を落とし、両手で振って水気を切ると、焚き火まで戻ってカワサキに見せた。
「芋か」
「そや。熱い灰の中に埋めておくと、ええ感じに焼けるで。腹の足しにはなるやろ」
本多は大振りなサツマイモを四つ地面に置くと、側にあった木の枝で灰を掻いて小さな穴を掘り、その中に芋を埋めた。
「あとは焼けてからのお楽しみや」
本多は嬉しそうに言った。
「何か熱いもんが飲みたいのぉ」とカワサキが溜め息まじりに言う。
「ほんまやな。普通のツーリングなら自炊セットを積んでるんやが、今日は特別やしな。まあ、喉乾いたら、そこの水道から飲みゃええやん」
「そうじゃな。ほれ、おまえも腰下ろして火に当たれ」
カワサキは焚き火の向かい側を指差した。
「おう」と本多は地面に座る。
日が落ちたあと気温は下がっていたが、焚き火の熱が寒さを和らげていた。
「長い一日やったな」と本多がしみじみと言った。
「ああ。けど、まだ終わっとらんじゃろう。今までは予告編みちょうなもんで、これから本編が始まるんちゃうか?」とカワサキが返す。
「そやな。なんかそんな予感がするけん、まずは腹ごしらえしよ思たんや。戦になるかどうかは、わからへんが。そりゃそうと、夕波は母船の中におるんやろか? あの宇宙人が目覚めたら、辛い選択が待っとるしな。わしがこんなこと言うのも変やけど、あの子を何万光年も彼方の星へなどやりとうないねん」
本多はそう言うと寂しそうな顔をした。
「そりゃ、わしも同じじゃ。しかし、わしらはなんであの子が気に掛かるんじゃろう。わしらから見れば孫みちょうなもんなのに。一方では、わしらはほんとの孫たちを残してこの世を去ろうとした。むろん幸せを願いながらではあるが」とカワサキが首を傾げる。
「たぶん、こういうことやろ。孫や子なんかの肉親たちとは、ある距離感があるんや。これは水臭いちゅう意味やのうて、たとえ親しい間柄でも別個な人格ちゅう当たり前のことなんやけどな。それが夕波に対しては、そうやない気がする。あまりにも近いいうか。なんやろな、この感じは」
「そりゃきっと魂が近いいうことかもしれん。むかし読んだ本の中に、全ての生き物の魂は大きな一つの木みたいなもんで、それが無数に枝分かれしとるんじゃけど、末端の小枝の隣同士の葉っぱは親密じゃと、ほぼおんなじ魂と言ってええと、そんなことが書いてあった」
「なら、わしもおまえも夕波も、ごく近い魂の持ち主ちゅうわけか」
「そうじゃな」
「うーむ、おまえとは幼稚園からずっと一緒やし納得できるが、人生も終わり近くになって、そんな親しい間柄のもんと出会うなんてな」と本多は感動を覚えながら言った。
「思うに、人生において、いつ出会うかよりも、出会うか出会わんかということじゃないろうか?」
カワサキはそう言うと、鼻を鳴らした。
「おい、ええ匂いがしてきたのぉ。そろそろ食べ頃じゃあないか?」
「もうちょいやな。とたんに腹が減ってきたで」
本多も香ばしい匂いを吸い込んだ。
辺りはすっかり暗くなり、木のシルエットや山の稜線に切り取られた夜空に、真ん丸な月が出ている。風は無く、穏やかで透明な秋の夜だった。
五分ばかり様子を見たあと、本多は木の枝を手にして灰の中から芋を掘りだした。表面は焦げていたが、草の上でしばらく冷ましたあと手に取ってみると、適度な弾力が食欲をそそった。
「さあ、食うか」
本多は手のひらで灰を払うと、二個の芋をカワサキに手渡した。
「待ってたで、お芋ちゃん」
カワサキは戯けて言うと、両手で芋を二つに割った。とたんに湯気が立ち上り、旨そうな匂いが漂った。息を吹きかけたあと、さっそく口にする。
「こりゃぁ旨いで」とカワサキは嬉しそうだ。
「そやな」
本多も、ほくほくと口を動かす。
「食いもんがこんなに旨い思うたんは久々かもしれん。まさに生きとるちゅう感じがするな」
二人はしばらく黙って焼き芋を食べた。どこからともなく虫の音が聞こえてくる他は、これといって音のしない静かな夜だった。
「おい」と不意に本多がささやいた。
「なんじゃ」
カワサキも釣られて小さな声で言った。
「何か音がせえへんかったか?」
「どんな」
カワサキは耳を澄ましてみる。
「虫の音しか聞こえんで」
「何かが近づいてくるような音がしたんや。いや、音がしたちゅうよりも、気配がしたんかもしれへん」
本多は注意深く周囲を見回した。月光が注ぐ木々の梢が、夜の中に静かに横たわっている。思い出したように風が立って、木の葉をさわさわと揺らした。
「あっ」とカワサキが声を上げた。
「聞こえたで。あっちの方からじゃ」
カワサキの指先は、昼間夕波が先導して登っていったドームハウス右手の山道を指していた。
「誰かが坂を下りてきよるな」と本多が言った。
「夕波さんじゃろうか」
「いや、違うやろ」
「なら」
カワサキは、その後の言葉を飲み込んで本多を見た。本多の顔に緊張が走った。
「カワサキ、音を立てんように農機具小屋まで行って、武器になりそうなもんを調達するんや」
「おう」
二人は焚き火の側からゆっくりと立ち上がると、抜き足差し足で小屋に向かった。小屋に着くと、できるだけ音がしないように引き戸を開けた。本多がライターを点けると、小屋の内部は一瞬オレンジ色に染まった。カワサキはスコップを手に取り、本多は鎌を掴んだ。そして戸を開けたまま焚き火のところに戻ると、山道の方に顔を向けて腰を下ろした。
「油断すな」と本多が言い、
「わかっとる」とカワサキがうなずく。
何かが近づいてくる気配はますます濃厚になり、本多は背筋に悪寒を感じ始めた。カワサキも座ったままスコップの柄を握りしめている。それからしばらくして彼らの緊張がピークに達したとき、ふっと気配が消えた。
「ありゃ?」
カワサキは、そう言って大きく息を吐き出した。
「殺気みたいなもんが消えてしもうたな」と本多も怪訝そうな顔をする。
「熊かなんかかもしれんな。熊なら早朝や夕方に活動するけぇな」とカワサキは、そう思い込もうとするかのように言った。
「幻聴やったかな。わしら、いささか疲れたんかもしれへん」
本多は体から緊張を解きながら、持っていた鎌を地面において、ふと山道の方を見た。
「ぐっ」と本多は息を呑む。
本多の視線の終点には、焚き火の炎と月明かりに照らされた人影があった。カワサキも本多の視線をたどり、目を見開く。驚きで声も立てられない二人が凝視する中を、人影はゆっくりと近づいてきた。本多は気を取り直して、いったん置いた鎌を右手で握りしめた。カワサキもスコップに手を伸ばす。
薄闇にぼんやりと溶けていた人影は、近づくに連れてその正体を現してきた。それは長身の男で、体を黒っぽいマントで包んでいる。髪は長めで、グレイがかった色をしており、顔付きは一種独特だった。西洋人のようでもあり、色白な東洋人のようでもある。この段階で、すでに本多とカワサキには男の正体がわかっていた。
「あんた」
そう言って本多は、ゆっくりと立ち上がった。鎌は持ったままだった。カワサキも本多に続く。
「カプセルに横たわってた人やろ?」
本多の問い掛けに無反応なまま、男はさらに近寄ってきた。
「おい」
言いながら、カワサキはスコップを手に身構えた。
男はもう数歩近づいたあと、動きを止めた。男の目付きは妖艶な感じがした。年齢は三十代後半から四十代初めといったところだろうか。夜の闇を背景に、チロチロと燃える焚き火に照らされたマント姿の男はまるでヴァンパイアのようだった。
二人と一人は立ち尽くしたまま、しばらく向かい合っていた。本多は自分の心臓の高まりが相手に聞こえないことを祈った。
「わたしは」
突然、男が口を開いた。幾千の夜の秘密に磨かれたような深く響くバリトンだった。
「怪しい者ではありません。この家の住人です。あなた方は、他人の家の庭で何をしているのですか?」
「しゃ、喋った」とカワサキが驚きの声を上げる。
本多はカワサキの方をちらっと見たあと言った。
「たしかに、わしらは闖入者や。じゃが、あんたがこの家の持ち主やいう証拠でもあるんかいな」
男は本多の言葉を受けて、しばし無言でいたが、
「いいでしょう。付いてきてください」と言ってドームハウスの方へ歩き始めた。
本多とカワサキは互いに顔を見合わせたあと、男に続いた。
玄関の前まで行くと、男はマントの下から腕を出した。手には何かが握られており、本多は一瞬それが拳銃に見えて、手にした鎌を胸の前で構えた。しかし男が持っていたのは、夕波が使ったのと同じようなリモコンだった。男がリモコンを操作すると、ロックが解除された。夕波はドアの横にある小さなパネルに指を押し当てて開けたから、複数の開け方があるのだろう。男はドアを開けて振り返り、本多とカワサキに言った。
「どうぞ、お入りください。ただし、その物騒なものは」
男は二人が持つ鎌とスコップに目をやりながら言った。彼らが躊躇していると、男はさらに続けた。
「どうしたのです。恐いのですか?」
本多が見ると、男は顔に薄笑いを浮かべていた。本多の負けじ魂がムクムクと湧き起こった。
「あほ言え、恐いわけあらへん。地獄へでもどこへでも行ってやらあ」
本多は持っていた鎌を地面に放り出した。
「あなたは?」と男がカワサキを見て言った。
「訊くまでもないわぁや」
カワサキもスコップを投げ出した。
「では、どうぞ」
男はドアを開けっぱなしにして、先に入っていった。本多とカワサキも彼に続く。
室内は昼間と何も変わりはなかった。男はキッチンらしき場所まで行き、湯沸かしポットに蛇口から水を入れてガスコンロにかけた。どうやらここには宇宙船内にあったような利器はなさそうだった。おそらく正体がばれるのを警戒してのことだろうと本多は思った。
→ chapter 7
← chapter 5
← top page