GGライダー 5

gg-rider2401

「そいでも、なんやら寂しいんじゃ」というカワサキの声で我に返った本多は、夕波の面影を払うように頭を左右に振った。
「縁がありゃ、来世ででもまた会えるやろ。さあ、少し飛ばすか。まだまだ先は長いで」
 本多はスロットルを手前に捻ってアクセルを開けた。
 下半身から上半身にかけて心地よい振動を感じながら、彼らは海岸に沿い西に向かって走った。海へと傾きつつある太陽は周りの雲を金色に染めながら、徐々に赤みを増していた。秋晴れの透明な大気が、しだいに夜の予感を漂わせ始めた。海岸道路は、渚から遠ざかったり近づいたり、高度を上げたり下げたりしながら、ツーリングに快適なカーブを描いている。車体を傾けながらコーナーを抜けていくと、風に乗って風景が後方へと飛び去っていく。
「こうして走っとると、さっきまでのことが夢のようじゃのぉ」
 ヘルメット内に入ってくる爆音と風の音に混じってカワサキの声がする。
「そやな」
 そう答えたものの、夢にしては生々し過ぎるやないかと本多は思った。こんな気持ちを抱えたままこの世の外に出ていく気がせえへん。自分の中の何かが変わり始めていることに本多は気付いていた。
 しばらく海岸から離れていた道路は再び近づき、右手に海を望む長い直線になった。こんな真っ直ぐい道こそがハーレーにふさわしいと思いながら、本多はアクセルを回してスピードを上げた。カワサキもそれに続く。
 そのとき、直線の向こうの端にあるトンネルから一台の黒い車が飛び出してきた。近づいてくるにつれて、それは電気自動車でオープンのスポーツカーだとわかった。先頭を走る本多の目に、運転席の人影が立ち上がるのが見えた。
「おい」とカワサキに呼び掛ける。
「どした」
「殺し屋のご登場や」
「ほんとか」
 カワサキの声に緊張が走る。
「あと数分足らずのうちに片が付くやろ。おまえ、覚悟はできとるか?」
「覚悟はできとるが、なんやらすっきりせん気分じゃな」
 カワサキの率直な言葉を聞いて、おまえも覚悟はできとるんかと本多は自分の心に問い掛けた。覚悟はできとる。けど、もやもやしとる。なんや、カワサキと同じやないか。奴がすっきりせえへんのは、夕波のことが気になるからやろ。それは、わしとておんなじや。
「カワサキ」と本多が言った。
「おう」
「あの世に行くんを、ちょい延期せえへんか?」
「ええよ」
 カワサキの声に安堵感と未来への希望の芽を感じて、本多はニヤリとした。
「ほな、行動開始や」
 本多は皮ジャンのポケットから取り出したPWA用の超小型コンピュータを操作して、通話の自動チューニングモードにした。前方から接近している車もしくは人間に受信環境があれば、通話のチャンネルが開通するはずだった。しかし受信環境がないのか、あっても切られているのか、何の反応もなかった。チッと舌打ちした本多は急いでカワサキに言った。
「前方の車はおそらく自動操縦モードになっとって、運転席に立っとる奴はスコープ付きライフルを構えとるやろ。対向車線に入って超蛇行運転するんや。でもって、正面衝突寸前に右にかわす。自動操縦やし、衝突は避けようとするはずや。車から見て対向車線が空いとれば、そっちに向かうやろ。奴がゴルゴ13並みの腕前でないことを祈るわ」
「一か八かじゃな」とカワサキがテンションを高めながら言う。
「ほな、いくで」
 本多は左の拳をかざした。
「おう」
 カワサキも左手を差し上げる。
 彼らはアクセルを手前に回して猛然とダッシュした。他の通行車両はなく、二台のオートバイと一台の車は急速に接近した。先頭を走る本多はハンドルを左右に切って車体をバンクさせ、狙撃の照準を合わせにくくした。カワサキも同様な動きをして本多の後に続いた。
 迫る黒い車の運転席に、ライフルを構えた黒ずくめの男が立っているのが見えた。サングラスをかけている。標的の前に姿を現すなんて大した殺し屋じゃないやんと本多は思った。ナルシスティックな小心者かもしれへん。そんならそれで、やりようもあるというもんや。
「おい、カワサキ、ウイリーするんや。殺し屋びびらしたろ」
 言うが早いか、本多はアクセルをふかしながらハンドルを持ち上げ、後ろに体重を移動した。本多の後方でも、エンジンの咆哮が辺りの空気を揺るがした。二台のハーレーは大地を這う巨大なコブラのように鎌首をもたげて、殺し屋の乗る車に突進していった。
 チュイーンとヘルメットの横を弾丸がかすった。
「くそっ」
 本多は罵りながら上体を大きく左右に振った。
「カワサキ、生きとるかあ?」
「あたりまえじゃ。ヘナチョコ弾なんかに当たるかい」
 カワサキはそう言ったあと、
「おぅおぅおぅ」と吠えた。
 本多も負けじと叫ぶ。
「ぼーんとぅびわー」
 ビシっという音と共に車体がぐらついた。
 フロントのどっかに着弾したんやろ、このままじゃ、やられる、どないしたらええのんか。そや。本多に閃きがきた。
「カワサキ、クラクションや」
 言うと同時に本多はボタンを押して、クラクションを鳴らしっぱなしにした。カワサキもすぐに反応する。クラクションと爆音のミックスされたノイズが前方に迫る殺し屋を襲った。
 突然の轟音に殺し屋は集中力を失ったのか、銃声はしても弾は当たらなかった。そして数秒後、車は二台のオートバイと正面衝突寸前に右に逸れた。それまで車が占めていた空間にオートバイがなだれ込む。本多とカワサキは歓声を上げながらウイリー走法を止め、道幅いっぱいを使ってUターンした。次の攻撃に備える必要があったからだ。
 二人が見ると黒い車は走行車線に戻っており、運転席に立っていた男の姿はなかった。すぐにUターンしてくると思われたが、そのまま走り続け、直線の端のカーブを曲がって彼らの視界から消えた。
「どうなっとるんじゃ?」とカワサキが言った。
「プロ意識が低い奴じゃのぉ」
「キャッチフレーズはなかなかのもんやったが、なんせオークションに出てる程度やしな。まあ、そん中でもましなのを選んだつもりやけど」と本多が苦笑いして言う。
「もしかして、途中で待ち伏せしとるかもしれんで」とカワサキ。
「まあ、その可能性は無きにしも非ずやが。おいまて、途中っておまえ、また益田に引き返すちゅうことか?」
 本多は大袈裟に驚いてみせる。
「なに言うとる。おまえも、そのつもりじゃろうが」
 カワサキが呆れ顔で言った。
「まあな」
 本多はあっさり認めると、おい、と言葉を続けた。
「あそこに何か黒いもんが落ちとるが、ありゃなんやろ」
 本多が指差したのは百メートルほど向こうの対向車線にある黒っぽい物体だった。そのとき直線の端のカーブから対向車が現れた。長距離輸送のトラックだった。トラックはかなりのスピードで近づいてきた。
「おい、油断すなよ」と本多が言い、カワサキがうなずく。
 トラックは瞬く間にその姿を大きくし、先程本多が指差した黒いものを風圧で吹き飛ばして二人に迫ってきた。本多はイージーライダーのワンシーンのように車の窓からライフルの銃身が突き出されるかもしれないと身構えながら、カワサキに目で注意を促した。カワサキも同じことを考えていたらしく、緊張の面持ちだった。しかし、ゴーっという音と風を彼らに浴びせただけで、トラックはあっけなく通り過ぎていった。
「なんじゃらほい」
 体から緊張を解きながらカワサキが言った。
「拍子抜けじゃ」
「なかなか映画のようにはいかへんな。まあ、それでええんやけど。そらそうと、トラックが飛ばした黒いもんを見にいこか。なんとなく気になるよってな」
 本多はクラッチを切ってギアを入れると、バイクを発進させた。カワサキもそれに続く。地面に張り付いている黒い物体のそばまで行った彼らは、バイクを下りた。
「こりゃ、たまげたな」
 そう言ってカワサキはその物体をつまみ上げた。それはカツラだった。
「特注やで。もみあげまで付いとる。ここまでくると病気やな」と本多が呆れる。
「マニアってのは、そんなもんじゃろう」
「そやな。そやけど、何でこんなもんがここに落ちとるんやろ」
「たぶん風圧で頭から飛んだんじゃろ。急カーブ切ったしな」
「それでか」と本多が言った。
「それで運転席に奴の姿がなかったんや。自分のイメージダウンを恐れたんやろ」
「なら、あいつにとって二重の動機ができたってことじゃな」とカワサキが言う。
「どゆことや?」
「つまり仕事としてのミッションと、口封じのためのそれ」
「なるほど。なら、手を打たにゃならんな」
「どがぁするん」
「まかしとき」
 本多はハーレーのバックシートの両脇に取り付けてあるサドルバッグの中にカツラを収めると、皮ジャンのポケットからPWA用の超小型コンピュータを取り出し、全周波数帯域サーチモードにして、ヘルメットに装着されたマイクでゴルゴというキーワードを音声入力した。殺し屋が自分のPWAにそのキーワードを設定していれば、このメッセージをピックアップする可能性がある。続けて本多はメインのメッセージを録音した。
「手短に話すで。依頼はキャンセルや。あんたが落としたもんはしばらく預かっとく。必ず返すけん心配すな。わしらに手を出せば、秘密が世間に知れるよう手配したけん」
 録音を終えると、本多は二十四時間発信設定にしてサーバーにアップした。これで、相手が受信するまで一定間隔でメッセージの発信が続くことになる。
「これでええやろ。まあ、どうなるかわからへんけど。もしかしたら待ち伏せされるかもしれへんな」
「そうじゃな。なら、時間は食うが遠回りするか。海沿いの道と平行に走っとる山ん中の道を行くんじゃ」とカワサキが提案する。
「もうじき日が暮れるな」と本多が左後方を振り返って言った。
 秋晴れだった空は、天頂部から水平線にかけて、透明な青から薄いオレンジ色へとグラデーションを描いている。やがて太陽が刻々と大きさを増し、日没の壮大な光景を見せてくれるだろう。
「打歌山に着く頃には黄昏れとるじゃろう。行ってどうなるんか、何がしたいんか、おまえわかっとるんか?」とカワサキが訊いた。
「いや、具体的になんも考えてへん。ただ、あの子のことが気になるだけや。おまえは、どや?」
「わしも同じじゃ」
「そうか。結果的にあの子が、わしらの死出を引き止めたことになるな。間に合えばええが」
「どがぁじゃろう。けど、もう一度会える気がするで」
「そやな。さ、いこか」
 本多は上げていたヘルメットのシールドを元に戻すと、クラッチレバーを引いてギアを一速に入れた。
 彼らは再び益田に向けて直線道路を進み、殺し屋の車が走り去ったカーブ手前の脇道を右折して山の中に入っていった。標高が上がるにつれて、中央ラインのある二車線道路はやがて一車線になった。バイクのシートから見上げると、前方に広がる空が夕陽に照らされて、まるで西方浄土のように燃えている。エンジン音を響かせながら通り過ぎる村を包む大気は、夕方独特の青に染まってきた。そして空の高みには、静かに出番を待つ月がかかっている。
「今夜はええ月夜になるな」とカワサキが言った。
「そやな。おかげで山道も歩きやすい思うで」
 本多は月光を浴びながら打歌山を登っていく自分たちの姿を想像した。
「けど、少し寒うなってきたな。やっぱ夏みたいにはいかん」
 カワサキは少し声を震わせた。
「普通のツーリングやないけん、合羽も持てきてへんしな」
 本多はそう言って皮ジャンのジッパーを引き上げ、襟を立てた。
 それから彼らは小一時間ほど走り、昼間とは反対の方向から打歌山に近づいていった。山は残照の空をバックに不思議な存在感を見せていた。空気は澄んではいるが、とろっとした密度も併せ持っていた。
 途中で昼間通った道に合流し、細い山道を登っていくと、やがてドーム形の建物がバイクのヘッドライトに浮かび上がってきた。

chapter 6
chapter 4
top page