GGライダー 4

gg-rider2401

「眠っとりんさるんか?」
 カワサキがカプセルを覗き込みながら言った。
「リカバー中なんです」
「そりゃ何かね」
「ダメージを受けた細胞や神経の蘇生を行ってるんです」
「怪我でもしんさったか」
「地球の酸素濃度や、地上まで降り注ぐ宇宙線や、人工的な電磁波などが、彼の体細胞や中枢神経や末梢神経などを傷つけるから、必要に応じて不定期にリカバーするわけです。それと老化の進行を食い止めるために」
「この中に入ってると、それができるんか?」と本多が訊く。
「そうみたいです。長期間に渡る星間飛行のために作られたのでしょう。約千三百前に彼がこの星に不時着して以来ずっと若さを保っているみたいだから、まさにミラクルな装置ですよね」
 夕波の話は荒唐無稽だったが、彼女が語り、カプセルに横たわった存在を目にすると、自然と納得せざるを得なかった。
「ほいじゃあ、夕波さんの彼氏は宇宙人なんかね」
 カワサキが目を丸くして言う。
「あたしたちも宇宙人の一員ですよ」
「一人しかいいへんのか?」
 本多は持ち前の好奇心を刺激されたのか、興味津々の顔で訊いた。
「他のクルーたちは不時着の際に、カプセルが壊れて亡くなったらしいです。当時、いわば冬眠しながら自動操縦で航行していて、何らかのトラブルに見舞われ、母船自身の判断で最寄りの惑星に緊急着陸したとか」
「それ以来、この人は一人で生きてきたちゅうわけか」
「そうですね」
「人間そっくりじゃねえ。宇宙人のイメージは、もっと人間離れしたふうに思えるけども」とカワサキが言う。
「いろんな意味で適応してきたと言ってました。千三百年の時間をかけて培ったものが今の彼なんだと思います。だから、元はどうあれ、彼は人間であり地球人であるって、あたしは思ってます」
「宇宙船の修理に手間取ったのは、なんでや?」と本多が夕波に訊く。
「墜落のショックで大半の精密機械は壊れてしまったんです。彼は残されたもので修理を続けたけど、どうしても必要な部品が手に入るまで待たねばならなかったんです。つまり、人類の科学技術が発達するまで。そして彼も積極的に自分たちの持つ技術を提供してきました。もちろん表立ってではないけど。たとえばコンピュータ技術の発達に、彼は多大な貢献をしています」
「夕波さん、この人はあんたを残して去ろうとしとったようじゃが、なんでまたカプセルに入っとるんろうか」とカワサキが言った。
「リカバーカプセルに入らざるを得ないような発作が起きたのでしょう」
「その発作はよく起きるんか?」
「いえ。あたしが知る限りでは一度だけ」
「知り合ってどのくらいになるんや?」と本多が訊いた。
「二年です」
「月並みやが、どうして知り合ったんや?」
 夕波は一瞬懐かしそうな目をした。出会った時のことを思い出したんやろと本多は思った。
「あたしは自宅でシルバーアクセサリーを作っているんですが、この町にある知り合いのギャラリーで展示会やったときに彼がふらっと現れて、あなたの作品を見ると故郷を思い出すって言ったんです」
「なんやらロマンチックやな」
 あっと夕波が声を上げた。
「ごめんなさい、さっきから立たせたままで。どうぞ腰掛けてください」
 夕波は部屋の壁際にある白い長椅子を示した。
 一見プラスチック製のようだったが、彼らが腰を下ろすと表面が沈み込んで快適な形で背と尻を包んだ。硬すぎず柔らかすぎない座り心地だった。
「なんじゃこりゃ」と本多が声を上げると、
「座った人の体型や体重に合わせて、自動的に形を変えるんです」と夕波が説明した。
「ところで、お二人はよくツーリングされるんですか?」
「いや、昔はしとったが、ここんとこご無沙汰やった。今日はほんまに久しぶりなんや」と本多が答える。
「そうなんですか。またバイクに乗り始めたんですね。何かきっかけがあったの?」
 夕波の問いに、彼らはお互いの顔を見た。
「わしらもリタイヤして長いし、ここいらで一区切りしよう思うてな」とカワサキが答える。
「一区切りって?」
「つまり」とカワサキが言いかけると、
「わしらの若い頃にイージーライダーいう映画があったんやけど、あんた知っとるかな?」と本多が言葉を引き継いだ。
「ええ」
「そうか、なら話は早い。わしらは映画観たあと、オートバイにはまったり、映画で使われとった音楽にしびれてバンド始めたりしたくらいすっかり影響受けてしもて。あれからずいぶん時が流れたが、心ん中を覗き込んでみたら、その感動は消えずに残っとった。そやし、昔の情熱をまた味わってみよ思たんや。もっと言うと、最後の夢を見つけたちゅうことや。今の世の中、年寄りには夢も希望もないやん。早々とリタイヤさせられて、する事もなく、せっせと払ってきた年金も減額減額で無いに等しい。若いもんから敬われることもなく、はよ片づいてくれってなもんで安楽死法なんかが成立しよった」
「安楽死法」と夕波が哀しげな声でつぶやいた。
「あの法律ができたと聞いたとき、あたしは、この国が一線を越えたと思いました。少なくとも、これまで身と心を置いていた日本という国は滅んでしまったと確信したんです。そうなった理由は、あたしたち国民の無知と、権力への依存体質だと思います。あたしは、こんな国に嫌気がさして、どこか違う場所で生きようかと思ったこともあったけど、世界中を見渡しても、どこも似たり寄ったりで、それなら生まれた土地の自然に抱かれて、あたしにできることをやっていこうと思ったんです。あたしの作るシルバーアクセサリーが誰かの喜びの一助になればいいなと、そう思って生きてきました」
「それは彼氏に出会う前のことかね?」とカワサキが訊いた。
「はい」
「出会うたあと夕波さんはまた、どこで生きるんか決めにゃあならんかったんじゃな」
「ええ」
「今は、どない思ってるんや?」と本多が尋ねる。
「正直、まだ迷ってます」
「そら、そやろ。あんたの銀細工は同胞のために存在するんやろから。それに、あんたの愛する自然は地球独自のもんやしな」
「ええ。でも、そう思うと同時に、やっとめぐり逢えた愛する人と離れ離れになるべきじゃないとも思うのです」
 夕波の言葉を聞いて、本多とカワサキは顔を見合わせた。
「ところで、さきほど話に出た最後の夢って何ですの?」と夕波が言った。
 本多が口を開こうとすると、カワサキが答えた。
「人生、散り際が肝心と思うんじゃ。どう生きるかってことは、どう死ぬかってことでもある。じゃけえ、自分が一番幸せを感じる散り方をするってのが、わしらが見つけた最後の夢なんじゃ」
「それって、自ら死ぬってことですか?」
 夕波は不安そうな顔になった。
「いや、そうやない。カワサキが言うたんは心構えのことなんや。いつ死んでも後悔せんような生き方をしようて改めて誓ったちゅうわけや」
 本多は夕波に心配させないように、そう言った。
「そうですか。ちょっとびっくりしたけど、安心しました」
「そらそうと、あんたがオートバイ乗り始めたんは、どんなきっかけや?」
「あたしも映画なんです。それも古い映画。モーターサイクル・ダイアリーズというんですけど、知ってます?」
「いいや」
「約二十年ほど前につくられたものですが、とってもいいんです。 伝説の革命家、チェ・ゲバラが青春時代に親友と二人で中古のオートバイに乗って南米大陸縦断の旅に出るロードムービーです。この映画を観て、あたしもバイクに乗ろうと思ったんです」
「そやったんか」
「なあ夕波さん」とカワサキが言った。
「はい」
「こんな世の中でも愛せるものはあるもんじゃねえ。あんたにはオートバイやアクセサリーや自然がある。もちろん家族や友人もそうじゃろう。そいでもって一方には、ここを去ろうとしとる愛しい人がおる。あんたにとっては辛い選択じゃのぉ」
 カワサキの言葉を聞いて夕波はしばらく無言でいた。その目はしだいに潤み、涙が溢れた。
「おい」と本多がカワサキに言った。
「泣かせてどないするねん」
「いいや」とカワサキが返した。
「思い切り泣いたらええ。こがぁな思いをかかえたままいるのはよーない。おそらく夕波さんは、このことを誰にも言えずにいたろう。なんでわしらに秘密を明かしてくれたんかはわからんが、心の中にわだかまってた思いを涙に乗せて流したほうがええ」
「そうか。そやな、おまえの言うとおりや」
 二人の言葉を受けたからか、夕波は静かに泣き始め、やがて号泣した。

 海を間近に望む小高い山の中腹に埋まっている巨大な宇宙船。その内部にある小部屋には、カプセル内で眠る異星人、その恋人の若い女、そして死出の旅の途上にある二人の老人たち。地球が誕生して以来あったであろう数限りない出会いの中で、こんなにユニークな組み合わせがあったやろか? そんなことを思いながら、本多はカワサキと共に再び海沿いの道路を走っていた。
 ほんの数時間前に同じ道を通ったはずなのに、次々と目に入ってくる風景は目新しかった。わしの何かが変化したからやろか? と本多は自問してみる。今日初めて会い、そして別れた夕波の顔が浮かんできた。もっと若い時分に出会いたかったという思いが胸に込み上げてきて、本多の心は揺れた。
 彼らはトンネルに突入し、内部に爆音が響き渡った。左右の壁の所々に点いている照明が後方に流れ去って、本多はずっと昔に観たタイムトンネルというテレビ番組を思い出した。このトンネルを抜けると、万葉集の編まれた時代にタイムスリップするんやないやろかと一瞬夢想した。その途端に、上空から赤く発光した物体が落下してきて海岸近くにある小高い山に激突するビジョンを見た。
「うわー」
 そのビジョンがあまりにリアルだったので、思わず本多は声を上げた。
「どうしたん」
 ヘルメット内にセットされたスピーカーから、本多の後ろを走るカワサキの声がした。
「山にぶつかりおった」
「なんが」
「白日夢を見たんや。UFOが山に墜落しおった」
「そりゃあ、夕波さんが話してくれたまんまじゃ」
「そやな。このトンネルがタイムトンネルみたいに思えて、万葉時代に飛ぶことを想像してたら、えらいリアルなビジョンが見えたんや」
「さっきまでのことが現実離れしとったけぇ、その影響じゃろう。そりゃそうと、夕波さん、あれからどうしたろうか」
 ついさっき別れたばかりだというのに、カワサキはもう何年も会ってない誰かを思うような口振りで言った。
 間もなく二台のハーレーはトンネルを抜け、傾き始めた日差しの中に飛び出した。道路はすぐに追い越し車線のある登り坂になり、そこを登り切ると旧県境だった。道州制が導入された今、かつての二つの県は一つになっていたが、それでも旧県境を越えると、辺りの空気が微妙に変化するのを感じた。
「この分では、夕焼けの中で散ることになりそうやな」と本多が言った。
「そうじゃな。しかし殺し屋の奴、ちゃんと待っとるんかいな」
「その心配はないやろ。なんでもプロフェッショナルに徹したマシンみたいな奴らしい。一度動き出したミッションを止めることはインポシブルやて、人物紹介のキャッチコピーに書いてあったけん。なんでも尊敬するんは、あのデューク東郷とか」
「なんじゃそれ。架空の人物じゃあなぁかね」とカワサキは呆れた声を出した。
「架空をリアルに感じるほどの壊れたキャラの持ち主ちゅうことやろ」
「なるほど。そりゃあそうと、夕波さんの彼氏は目を覚ましたろうか」
「どやろな。リカバーが終われば自動的に目覚めるちゅうとったが」
「夕波さんは、どがぁするんじゃろう。彼氏が目を覚ましたら、辛い決断が待っとるけぇ」
「なんや、おまえ、あの子のことばかし言うとるで」
 カワサキにそう言いながら、わしも同じようなもんやなと本多は苦笑した。そのとき彼の脳裏に、夕波と別れたときの情景が浮かんできた。
 夕波としばらく過ごしたあと、彼らはいとまごいを言った。夕波はドームハウスの前にとめたオートバイのところまで見送ってくれた。
「今日見たことは秘密にしとくけん」と本多が言うと、
「信頼してますから」と夕波が返した。
「元気でなあ」とカワサキが言い、
「あなた方も」と夕波が微笑んだ。
「またな」
 本多はそう言って愛車に跨り、セルモーターを回してエンジンをスタートさせた。ビッグツインの爆音が静かな山の中に響き渡った。続いてカワサキの跨るソフテイルのツインカムエンジンが唸りを上げる。
「元気での」
 爆音の隙間からカワサキが叫ぶ。
 ハウス前の広場でUターンし、元来た道を下っていく本多のハーレーのバックミラーに、両腕を垂らしたままこちらを見ている夕波が映り、間もなくその姿は視界から消えた。

chapter 5
chapter 3
top page