白いクリスマスイブ
天神の空に雪が舞い始めた。冷え切った手に持ったトランシーバーから声が聞こえてくる。
「こっち止めるばい。赤い乗用車が最後やけん」
朱美はボタンを押しながら返答する。
「了解」
やがて赤い車が通りすぎ、彼女は旗を振って待機していた車の列に合図する。次々と車が発車していく。中には通りがかりに朱美の方を睨みつけるドライバーもいる。長いこと待たされて苛ついているのだろう。でもそれはあたしのせいじゃない、と彼女は思う。あるいは好色な視線をよこす男もいる。あたしの茶髪と容貌が何らかの印象を与えるのかもしれない。でもあたしはその視線をはね返すのではなく、ヒラリとかわせるようになった。
朱美が警備会社にアルバイトで入り、路上で交通整理を始めてからもう一年になる。手首の傷も癒えて、今ではあまり目立たなくなった。その代わりに彼女の顔は日光と排気ガスと吹き荒ぶ風で、以前の肌の輝きを失ってしまった。それについてはちょっぴり残念だけど、後悔はしていない、だって今のあたしには目標があるもの、朱美はそう自分に言い聞かせて、にっこりとする。
あたしの夢を人に話すと、きっと笑われるわ。だから誰にも言ってない。いや、唯一人てっちゃんにだけは告げた。彼は、ちゃんとせなばい、と励ましてくれたけど、つまらない喧嘩で刺されて死んじゃった。
朱美は車の流れが途切れたのを見計らって、赤い旗を掲げた。
「こちら止めました。えーと、青の軽トラックが最後です」
「了解」
朱美の立つ位置からずっと後方にまで車の列が伸びていく。一台一台の車には幾通りもの人生が乗っていることだろう。
あたしはまだ二十歳にもなっていないのに自分の人生から降りようとした。でもテレビでたまたまドキュメント番組を見たときに、あたしは決心したんだ。どうせなら思いっきり馬鹿な生き方をしようって。そう思えたとき、重苦しかった自分の心がすーっと軽くなり、せいぜいこの町どまりだった自分の意識が海の向こうにまで広がっていくのがわかったんだ。
テレビ画面の向こうは砂漠で、一人の日本人を中心に十数人が乾ききった大地に木を植えていた。砂漠の緑化を進めるプロジェクトだとナレーターが語っていた。それがどれほどの有効性を持つのか、あたしにはわからない。でもその行為の馬鹿げた美しさは信じることができた。
「そろそろ止めるけん」
トランシーバーが鳴る。この単調な仕事の報酬で買った木の苗たちは既に海を渡っていた。次はあたしの番だ、と朱美は呟く。
「So this is Christmas. And what have you done…」
どこからともなくジョンのメロディが聞こえてきた。
「そうやん、今夜はイブやん」
辺りを見回した朱美の目に、白さを増していく街が一瞬輝いて見えた。
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