求職ぶるぅす 7

blues

 そんなおれの判断が間違ってなかったことが、間もなく証明された。食事を終えて席を立ち、レジ前に並んだとき、部長は言った。
「割り勘にしましょう」
 おれは唖然とし、急に脱力感に襲われた。おれなら、おれが部長の立場なら、期待を持たせるような発言をし、先方からの申し出にせよ会見を承知し、交通費と宿代を使わせ、そして何よりも自分を頼りにしていることがわかっている求職中の人間に食事代を払わせはしない。少なくとも、そう申し出るだろう。
 おれは他人の厚意を当然のごとくあてにするような男なのか? 自分の価値判断を他人に押しつけているエゴイストか? そう自分に訊いてみる。
 水野の顔が浮かんできた。調子のいいこと言いやがって、と罵ってすぐに、その言葉に乗せられたお調子者はこのおれだ、と自分を罵った。
 水野に悪気がないのはわかっている。奴なりにおれのことを思いやってくれたのだ。そして、部長にも悪気などないのかもしれない。ただ、他人にどんな思いをさせているかということに無頓着なだけかもしれない。
 おれは財布を手にしながら、自分の甘さを思い知っていた。

 明くる日は雨だった。おれはホテルを発って以前から知っている珈琲店に向かった。そこで朝食をとるつもりだった。
 焦げ茶色のトーンでまとめられた店内は、落ち着ける感じで好みだった。おれはオリジナルブレンドの珈琲とホットサンドを注文した。木枠の窓ガラスの向こうに見える植え込みの葉っぱが雨滴を受けて光っている。雨もたまにはいいもんだ。珈琲とサンドがきた。ちょっと深煎りの香り高い珈琲をすすりながら、今後のことを考えた。
 もうツテに頼るのは止めよう。やはりハローワークで地道に探すしかないか。そうはいっても、求人の絶対数が少ないしなぁ。こうなりゃ、都会に出稼ぎに行くことも選択肢の中に入れるべきかもしれない。しかし、それもなかなかに難しい。
 ホットサンドを食べ終った頃に、ユリからメールがあった。求職活動楽しんでる? と書いてあった。あいつらしい言い方だと思いながら、楽し過ぎて泣きそうだ、と返信した。
 おれは、しばらくのんびりしたあと店を出て帰途についた。海岸に沿った雨の国道は、濃い灰色の空の下を西に向かって伸びていた。
 自宅に帰り着くとほぼ同時に、息子も学校から戻ってきた。二泊離れていただけなのに、ずいぶん顔を見ていないような気がした。
「おかえり。今夜は何にしようか」
 おれは子育てだけでなく、炊事、洗濯もやっている。
「パスタがいいな」
 彼は鞄を机の上に置くと、テレビをつけてゲームの用意を始めた。
「なにパスタだ?」
「ペペロンチーノ」
「わかった」
 キッチンで食材をチェックすると、いくつか無いものがあったので、買物に行くことにした。息子に声をかけて家を出る。
 市の中心部にあるショッピングセンターのフロアには、まだそんなに人がいなかった。夕方5時を過ぎると、仕事帰りに立ち寄る人で急に混んでくる。おれも勤め人だった頃は毎日ここに寄って買物をしていた。
 おれはメモを見ながら通路を歩く。ブイトーニのスパゲティーニ、大蒜、ブロッコリー、レタス、トマト、シーチキン缶、とりあえずこんなところだ。食品のレジを済ませたあと、同じフロアにある酒屋でビールを買った。
 帰宅すると、息子はまだテレビゲームをしていた。
「おい、適当なところで止めろよ」
「わかってるよ」
 いつもお馴染みのやりとりをしたあと、おれは缶ビールを飲みながら、夕食の支度にかかった。
「おーい、できたぞ」
 おれはワンフロアになっている部屋のテーブルにランチョマットを敷いて、その上にフォークとグラスを置いた。そして出来上がったパスタとサラダを運んだ。冷蔵庫から缶ビールも取り出す。
「飲むか?」
 ゲームを止めて席に着いた息子に、いつものように訊く。
「もちろん」
 おれは二つのグラスにビールを注いだ。
「じゃあ、いただこうか」
 おれたちはグラスを合わせて、食事にかかる。
「プハー、うめえ、やっぱパスタにはビールだな」

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