弟
久々に弟からメールが届いた。元気でいるから安心してほしいと書いてあった。二つ違いの弟は日本のNGOに属していて、現在南スーダンで井戸を掘る活動をしている。
二十年あまり続いたスーダン内戦は2005年にようやく和平合意がなされたあと、周辺国から難民が帰還し始めたが、水の確保の問題などで、未だに多くの人が故郷に帰れないでいるらしい。故郷の村に戻った人たちも、内戦で井戸が壊されたり水が枯れたりしていて、遠く離れたナイル川まで茶色に濁った水を汲みに行かなければならず、その水をそのまま飲み水や炊事に使うため、コレラなどの病気が発生しているとか。蛇口をひねれば安全な水がほとばしる日本では考えられない苛酷な状況だという。
この一年間の緊急支援で38本の井戸と八つの公衆トイレを作ったという文面の背後に、困難に耐えた誇らしさのようなものが透けて見えて、よくぞここまで歩いてきたわね、と思わず涙ぐんでしまった。
弟は引きこもりだった。不登校を繰り返したあと高校はどうにか卒業したが、進学や就職の意志は無かった。そして短期間のアルバイトを渡り歩いて数年を過ごし、以後自宅に引きこもってしまった。父や母は当然のごとく心配し、何とか社会に出そうと骨を折ったが、対人関係を非常な苦痛に感じることが見て取れて、自殺でもされるよりはと、しばらく様子を見ることにしたようだった。
あるとき私は彼に尋ねてみた。
「何が辛いの?」
弟は即答しなかったけど、断片的な言葉を拾ってみると、自尊心を持てないことに苦しんでいるように思えた。
人と関わるにはエネルギーを要するが、弟にはその力が不足しているのかもしれなかった。どうしたらその力を得れるのだろうと考えてみたが、私自身にもそれが十分にあると思えず、答を出すことはできなかった。
私が離婚して故郷を離れることになったとき、弟は一言、行くんか? と言った。群れに逸(はぐ)れて雨の野にたたずむ若い羊のようなまなざしだった。私は後ろ髪を引かれる思いで家を出たが、やがて都会での暮らしにまぎれて、弟のことはあまり思い出さなくなった。
こちらに来て二年が過ぎた頃、突然に弟が訪ねてきた。驚く私に、彼は都内にあるNGOの面接を受けるんだと告げた。その組織は、紛争や災害、貧困などの脅威にさらされている人々への支援活動を世界各地で展開しているということだった。
あまりに唐突な弟の行動に、私はうろたえてしまった。
「どうして、そんな気になったの?」と私は訊いた。
「掘ってみたいと思った」
「何を?」
「渇いた土地に井戸をさ」
ネットで偶然覗いたサイトで、アフリカで井戸を掘る支援活動をしている日本人たちがいることを知ったという。長年引きこもってきた人間が、そんな遠い国の苛酷な環境で使い物になるのかなと思ったが、弟なりに今の状況から脱したいと願った上での決断だろうと、応援したい気持になった。
幸運なことに彼はそのNGOに採用され、国内研修を経て現地に派遣された。
雨季に入ったので井戸掘りの作業は休みだけど、次のプロジェクトのために調査をしているんだ。村々を巡っていると、周囲に水がなくて遠方まで歩いて水をくみに行っているケースもあって、胸が潰れる思いだよ。身近に飲み水や炊事に使う水がないなんて想像できるかい?
そんなふうにメールの文面は続いていた。
弟は幸せだろうかと考えてみる。水の乏しい環境は彼にとっても快適であるはずもなく、ぎりぎりのところで生きているに違いない。けれど、そんな日々を通して初めてわかることもあるのだろう。
もしかして弟が掘り続けているのは、自分の心という深い深い井戸なのかもしれない。ふと、そう思ったりする。
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