地下室のレノン
「今夜はイブかぁ。カップルで満室なんやろな。やっとれんぜ」
シーツを丸めながら山本がぼやく。堀口は束にしたバスタオルをコンテナに向けて投げ入れながら苦笑した。
ここはJR博多駅近くの外資系ホテルの地下にあるシューター室である。客室で使われたあらゆるリネン類や掃除用のダスターが太いパイプの中を滑り落ちてくる。時にはセクシーな下着や使用済みのコンドームが混じることもある。落下地点に山積みになったそれらの汚れ物を一枚づつ選り分けてコンテナに分配するのが彼らの主な仕事だった。
「レノンさん、小池のライブ行くとですか?」
小さな劇団で役者をしている佐藤が尋ねる。
「いや、今回は行けんやろな」
堀口はバイト仲間からレノンと呼ばれている。彼は若い頃からずっとバンド活動を続けており、一時期はビートルズのコピーバンドに在籍していた。そのとき担当したジョン・レノンの話をしたら、風貌が似ていることもあって、いつの間にかそう呼ばれるようになった。
堀口は五十歳を過ぎた今も細々と音楽活動を続けているが、それは年に何回か行う昔の仲間達とのセッションに過ぎなかった。
彼は今の職に就いて五年になる。途中、地下室での仕事に嫌気がさして転職を試みたが、年齢制限の壁に阻まれた経緯があった。おまけに持病の腰痛が年々ひどくなり、肉体労働とはいっても比較的楽な今の仕事を手放すことはできなくなっていた。身分はアルバイトで、何年勤めても時給の額は変わらなかった。
この職場には不思議にユニークな連中が集ってきた。小池はバンドマン、広田は声優志望、木村は映画のシナリオを書いており、山本は少年院を半年前に出たばかりだった。彼らは十代と二十代の若者で、何者かになるために必死で生きていた。
何かを目指しながらするアルバイト暮らしならまだ救いがあるな、と堀口は思う。しかし、奴らにいつまでもここにいて欲しくはない。さっさと夢を掴んで、意気揚々と出て行ってもらいたい。いつまでも夢にしがみつくのは考えものだ。この俺がいい例さ。だが、夢を見なくては生きてこれなかったのもまた事実なんだ。それが叶わなかったのは、求め方が足りなかったからか、それとも、夢をみる自分をどこかで信じ切れなかったからなのか。
「So this is Christmas. And what have you done…」
どこからともなくジョンのメロディが聞こえてきた。
「レノンさん、一服せんですか」
木村が顔の汗を拭いながら言う。
「ああ、そうしよう」
堀口は防塵マスクを外しながら答えた。そしてふと、俺がこの地下室を去る日はいつのことだろうか、と思った。
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