丘からの眺め


 晴れてはいるが冷たい風の吹く午後、タイジが単車を洗っていると携帯電話が鳴った。出ると山本からだった。
「いよいよじゃ」と彼は言った。
「そうか。メンバーに連絡網で伝えてくれ。わしは葡萄畑に行くけん、トラックを回してくれ」
「わかった」
 山本はすぐに電話を切った。
 タイジは洗車ブラシとホースを片付け、車庫に入ってヘルメットと手袋を身に着けた。それから洗ったばかりのハーレーに跨り、エンジンをかけた。これがおまえとの最後の走りになるかもしれんのぉ。タイジは愛車にそう語りかけると、ギアを入れて発進した。
 葡萄畑に着くと、一角にある小屋の前まで乗り入れた。収穫の季節に出荷作業を行う小屋だった。彼はシャッターの鍵を開けて中に入り、振り返って辺りを見渡すと再び閉めた。そして壁に立て掛けてあったバールを手にし、土間から一段高くなっている板の間に上がると床板を剥がし始めた。
 わしの生きとるうちに使う日が来おったな。残念じゃが仕方ない。彼は胸の中で呟きながら作業を続けた。じきに床下から青い色が覗き、そのシートを取ると、プラスチック製のコンテナボックスが現れた。そのとき外に車の音がして、間もなくシャッターが上げられ、二人の男が入ってきた。白髪の山本と、顔の皺が目立つ佐藤だった。
「タイジ、トラック持ってきたで」
「ご苦労だな、山ちゃん。佐藤さんも」
「タイジさん、わしゃあ武者震いが止まらんけえ」と佐藤が言った。
「わしもじゃ」
 そう言ってタイジが笑う。
「箱を開けて中身を点検するけん、手伝うてくれ」
 彼らは板の間にコンテナの一つを引き上げ、蓋を取った。中身を包んである油紙をめくると、棒状のものが幾つも整然と横たわっていた。日本刀だった。タイジがその一振りを掴み、柄を握って引き抜くと、白刃が妖しく煌めいた。
「百振りある」とタイジが言った。
「ちょうど人数分ありますな」と佐藤。
「山ちゃん、ネット放送の手配は?」
「しといた。東京にいる連れも宣伝活動に入ったで」
「そうか。わしらのすることを笑い飛ばすんか、意気に感じるんか、それにこの国の未来はかかっとる」
「そ、そのとおりじゃ、タイジさん」
 佐藤の目が少し潤んだように見える。
「冗談、冗談」
 タイジが笑い声を上げ、山本も釣られて笑った。
「心が乗っ取られた国に未来なぞあるもんか」
「原点に戻って出直しかぁ」
 山本が言い、タイジが頷く。
「わしらの原点て何じゃろう」と佐藤が首を傾げた。
 しばしの沈黙のあとタイジが言った。
「ここの風土いや」
 彼らは荷をトラックに積み込むと、葡萄畑を出て5㎞ほどの距離にある海を望む小高い丘に向かった。途中、彼らは無言だった。少し開けた車窓から吹き込む風に潮の香りが混じり始める頃、道は登りになった。所々に白い梅の花が咲く坂道を上がりきると平地になっており、その陸側には何台もの車が、そして海側には大勢の男たちが立っていた。若者は一人もいない。タイジたちが車を降りると、男たちが彼らを取り囲んだ。
「やめるんなら今のうちじゃ」
 タイジは皆の顔を見回して言った。
 やるに決まっとる、と誰かが叫び、次々に賛同の声が上がった。山本と佐藤がトラックからコンテナと紙の箱を下ろして蓋を取り、タイジが一人一人に刀と鉢巻を手渡した。白い鉢巻の額に当たる部分には赤い円が描かれている。男たちは丘の上から眼下に広がる海を眺め、波が導く先の半島を想った。
 やがて水平線いっぱいに無数の黒い点が現れ、見る見るそれは大きくなってきた。無線カメラを持った一人のみベルトに刀を差し、残りの男たちは手に提げて、波打ち際へと続く細い道を下り始めた。守ろうとしているものとは? 落日が空と彼らの影を赤く染める。

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