ボーイ・ミーツ・ボーイ
ボーイズラブの話ではない。
ハローワークの入口付近で中田に出会った。久しぶりやん、と互いの顔を見る。
「どしたん、こんなとこで」と訊くと、「立木さんこそ」と中田が応じる。
「おれは職探しや。あんたは?」
「ぼくも」
「仕事しとるんやろ?」
「しとるけど、両親が癌で入院したりして物入りやし。嫁はんも介護のために仕事辞めたし」
「それは大変や」
中田の顔が急にやつれて見える。
「メインの他に新聞配達やっとるですが、もう一つやろう思って」
「朝、早いろう。その上、夜もか?」
「いいのあれば」
「からだ毀すで。あんたが倒れたらお終いやろ?」
「そうなんすけどね」
中田と知り合ったのは、市内にあるオートバイ販売店主催のツーリングでだった。耳にピアスをして1200㏄のホンダに乗っていた。
「バイク乗っとる?」
「売っちゃいました」
「ほんまか。おれも手放したよ」
リーンアウトのスタイルでコーナーを抜けていく中田を思い出して、胸がチクッとした。
「また一緒に走りたいすね」
「そやね」
そう答えてふと見ると、中田のスーツ姿がくすんでいる。こんなときこそ身だしなみに気い配らにゃあかんと言いたかったが、中田の境遇を考えると無理もないと思い直した。
「あ、今日は金曜か。なんかええのあった?」
中田が手にしているチラシに気づいて、おれは言った。
毎週金曜日に一週間分の新着求人が載ったパンフが発行され、ハローワークの玄関、市内のショッピングセンター、郵便局などに置かれている。毎日ハローワークの掲示板をチェックできない者にとっては役に立つ情報源だ。
「厳しいすね。求職者が溢れとるし。このパンフもすぐに無くなりよる」
「買い手市場ってわけやな」
「それにしても」と中田が大きな目をますます大きく見開いて言った。
「なんでこんなに差があるんすかね。ニュースで観たけど、十億円のマンションとか、ばんばん売れとるらしい」
「ああ、おれも観た」
「一方では職にあぶれとるもんが、ぎょうさんいてるのに」
「そや!」
おれは急にネットで読んだ記事を思い出して言った。
「こんなことを言うとる奴がおるらしい」
中田がおれに注目する。
「貧乏やし人生設計ができんのやのうて、人生設計ができんけん貧乏なんやて」
しばしの沈黙のあと、中田が溜息をついた。
「やっぱ、ぼくは人生設計できてへんのやな」
「な、あほな。人生設計って、なんやねん。人生なんて設計できるわけあらへん」
おれは、自分で言っときながら、腹立たしい気分になった。
「とにかく何とか生き延びるんや。できるだけ気い楽にしてな」
とは言うものの、窮乏や病気の最中に気楽でいれるのは単なるアホかもしれん。アホかもしれんが、アホにならんと危機は乗り切れんかもしれん。まてよ、アホになるってことは、新しい価値観を身に着けることやないやろか? そうやって変化していくしか道がないとしたら。
おれは一瞬の間にそんなことを考えた。ここんとこ頭の回転が鈍った感じがしてたおれにしては上出来のシャープさだ。
「そうしてみますわ。立木さんも、がんばって仕事見つけてください」
中田の声に我に返ったおれは、仕事なあと呟きながら、入口のガラス戸に目をやった。少し歪なガラスが縦に細長く映す像は、しょぼくれた中年男ではなく、かつてのスマートな若者の姿だった。おれは、ふっと思った。過去はたった一つのはずなのに、それを思い出す今の自分しだいで印象が違う気がする。そのときドアが開いて、ガラスに映った若い二人組は消え去った。
「ほな、これで」
中田は軽く一礼すると、駐車場の方に向かった。遠ざかる中田の背中をしばらく見つめたあと、おれは求職者で混み合うハローワークの中に入っていった。
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