ベビールースの落下 3

babyruth

 カメラで撮影するといっても、実際にその時代で物理的に撮るわけじゃないらしい。どういう仕組みで意識の中にその情報を蓄えるのかは知らない。
 ぼくは、もう一度上方に移動すると、町並みの様子も撮影した。最初のときより高度を上げたので、さらによく見渡せた。向こうの方に屋根がドーム型になっている高い建物が見えた。他の建物と比べて、外壁の材質や全体の醸し出す雰囲気が異なっていた。何らかの公共施設だろうと思った。
 突然、バーチャルスクリーンの一部が点滅を始めた。アクセス終了のタイムリミットが近づいたという知らせだった。ぼくは急いで病室に戻ろうとした。そろそろ彼女が、患者の食べ終えた食器を取りに来るはずだった。アクセスが終わる前に、もう一度顔を見ておきたかった。
 ぼくは視点の高度を下げて、ふたたび入口から入っていった。そのときなぜだか廊下の奥をちょっとだけ見てみたいと思った。さっき廊下ですれ違った彼らの行先に興味があったからかもしれない。ぼくは出てきた病室を通り抜けて奥に進み、見当をつけて左手の部屋に入った。そこは手術室だった。部屋の真ん中に手術台があった。そして驚いたことに、そこに彼女がいた。
 彼女は部屋の隅に立ったまま、手にした白い紙を見ていた。紙は平面ではなく、いったん折り畳んだものを拡げたような形をしていた。便箋だろうと思った。その上に涙の粒が落ちていくのが見えた。彼女はポケットからハンカチを取り出すと、いったん目に当てたあと便箋を丁寧に拭った。そしてゆっくりと折り畳むと、左手に持っていた封筒に収めたあと、しばらくじっとしていた。気持の整理をしているように見えた。
 彼女が手術室を出ていったあとも、ぼくはそのままでいた。もう一度病室に戻る気にはなれなかった。前回のアクセス時に、彼女は優しい眼差をして部屋に入ってきた。今回も同じことが繰り返されているはずだから、彼女は涙を流したあとにも、あの慈愛に満ちた顔で年老いた患者たちに接するに違いない。いったい涙はどこにしまい込んだのだろう。そう思ったとたんに、彼女の哀しみがぼくの心に流れ込んできた。ぼくは物心がついて以来味わったことのない感情に胸を鷲掴みにされて、うろたえていた。そうして、その思いのままにアクセスが終わり、ぼくは元の時代に還っていった。
 二度目のアクセスを終えたあと、ぼくは夢中になって撮影した写真のことを調べた。写真に撮った象形文字は日本語だった。日本は旧アジア地区にあった歴史のある国だった。ぼくは歴史学習の対象地域を南半球からスタートさせたので、北半球に存在したこの国のことはほとんど知らないままだった。
 ぼくはいろいろ調べるうちに、『島外科』という固有名詞が、この国にとってとても意味深いキーワードであることを知った。人類史上初めて人間に向けて投下された原子爆弾が、この病院の上空567メートルで爆発したのだった。
 この史実を知ったとき、ぼくは瞬間的に彼女のことを思い浮かべた。とたんに体に震えがきた。資料にはさらに、爆心直下となったこの一帯は上空より数千度の熱線、爆風、放射線を浴び、ほとんどの人々は瞬時にその生命を奪われたと書いてあった。ぼくは白い制服を着た彼女の全身が一瞬のうちに炎に包まれ、衣服や肉体が熔解し、一塊の炭となる姿を想像して全身が総毛立った。
 そんな馬鹿な、そんなことが彼女の身に起きるはずがない。ぼくは必死に、そうはならない可能性を探した。
 調べてみると、このときの戦争が終わったあとにも、島病院は同じ場所、同じ名前で営業を続けていた。だから、ぼくがアクセスした時代は、もしかしたら戦後かもしれなかった。もっと詳しく史実を知る必要があった。
 過去は過ぎ去ったことであり、たとえ彼女が戦前と戦後のどちらに生きていたとしても、今のぼくからみたら死者には違いなかった。しかし、どのような死に方をしたかは重大な問題だと思った。
 ぼくは、それからしばらく図書館に通い詰めた。
 人類史上初の原子爆弾を広島に投下した爆撃機エノラ・ゲイの機長の名は、ポール・ティベッツといった。旧北アメリカ地区にあった当時の大国であるアメリカ合衆国の陸軍航空隊第509混成部隊司令官で、陸軍大佐だった。彼は当時三十歳だったが、老年になってからのインタビューで、自分は任務を忠実に遂行しただけであり、胸を痛めることはなかったと述べている。それは軍人として、敵を打倒するために取った当然の行為だったということだろうか。あるいは、自分の足下九千メートルにいる生きた人間たちへ及ぼす影響を想像できなかったのか。

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