カフェにて
いつもの席に座ると、窓ガラス越しにテラスが見える。石材でできたテラスの端に黒いプランターがあり、オレンジ色の花が咲いている。あれ何の花だっけ? と訊くと、パンジーだと店長が答える。その向こうに手入れの行き届いた小さな花壇があり、道路を挟んでJRの線路がある。いましがた降っていた雨は上がって、薄グレイの空が海近くにあるこの町を包んでいる。
おまたせしました、とコーヒーが出てきて、おれは一口すすってみる。ふだん頼むカプチーノと違って苦みが勝るけど、これはこれで旨いと思う。
「若く見えますね。そう言われませんか?」と整形外科のドクターが訊いた。
「まあ、時々は」とおれは生返事をする。
それが先週の木曜のこと。
今日、転倒でヒビが入った大腿骨の他に肩が少し痛むので、念のためにレントゲンを撮ってもらったのだが、肩に異常がなかった代わりに首に問題ありだった。頸椎の椎間板が二箇所分すり減っていたのだ。今回の事故の影響かと思ったが、そうではなかった。その話をすると、精悍な顔をしたドクターはニヤリと笑って言った。
「歳をとると、誰でもこうなりますよ」
そりゃまあ、確かに若くはないにしても、椎間板が減るほど老けてはいないと思っていたが、現実はいつも容赦がない。はっきり言ってショックだった。レントゲン写真を見ながら、イメージの力で、減った部分を補填できないだろうかなんて、アズロという小説のヒロインが考えたようなことを、おれも考えてしまう。切実な課題ができてしまった。
ふと顔を上げると、いつの間にかまた雨が降り出していた。トラブルを抱えているとき、雨の夕方は気が滅入ってくる。
晴れた日の日没のあと、辺りがだんだん暮れてきて、密度を増した空気が濃い青色に染まってくるのを見るのが好きだ。数年前に別れた女も、その時刻が好きだと言っていた。なんだ、合う部分もあったんじゃないか。
それから思い出すのは、ネパールでの黄昏時のこと。ヒマラヤの日の出を眺めるためにカトマンズ郊外の丘に登り、その日は麓の村に泊まることになった。同行者は、カトマンズの安宿で知り合った杉さんとノルゥエー人のアンナ・マリアだった。午後から別の丘に上がってゆっくり過ごし、日が落ちてきたので下山を始めた。
しだいに青みを増す風景の中をブラブラ歩いていて、気が付くと二人の姿を見失っていた。置いてきぼりをくったのかなと思いつつ先に進んでいくうちに、周囲が急激に暗くなって、夕暮れブルーが闇に染まってきた。おれは心細くなって早足に山道を下った。しばらく行くと麓の方から物音が聞こえてきた。話し声や犬の鳴き声、夕餉の支度の音も混じっていたかもしれない。それらの平和な生活の音が、吹き上がってくる風に乗って、おれの耳に届いたのだろう。
鉢植えのハーブが大きく揺れているのが目に入り、風が立ってきたことを知った。この調子では明日も雨に違いない。屋外で働く人たちにとっては辛い天気だ。おれもそういった仕事に就いて、しっかり働こうと思ってた矢先の事故だった。
なかなか渡っている綱から下ろしてもらえないらしい。でも安定した地面にいると思っていても、その地面ごと、さらに大きな綱に乗っかっているのかもしれないなどと思うのは、ただの負け惜しみか。
窓の外はすっかり暗くなり、この居心地のいいカフェの閉店時間が迫ってきた。ノートPCのブラウザを落とし、電源を切って、ジャックウルフスキンのデイパックにしまう。立ち上がって、松葉杖に支えられながらレジで支払いをする。外に出ると、始まったばかりの夜が翼を拡げていた。おれは脈絡もなく、明日という日は明るい日と書くのね、という歌詞を思い出す。
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