きみの生まれた日

kiminoumaretahi

 夏の光を浴びてトラックがやってきた。運転しているのは大学で同じクラスの水沢だ。家業が建設会社なので、引っ越しのために借りてくれたのだ。トラックは、おれの下宿先であるペンキ屋の前に横付けされた。おれと須山はさっそく二階の部屋から荷物を一階に下ろし始めた。
 須山はおれと同郷で、同じバンドでベースを弾いている。ちなみに水沢もバンドメンバーで、彼はドラムス担当だった。
 ペンキ屋の建物の横に付いている階段を降りると、水沢が待っていた。
「すまんな」とおれは礼を言った。
「用意は出来てるか?」と水沢が返す。
「おお、ばっちりだ。須山も手伝ってくれたしな」
 おれはそう言って傍らの須山を見た。
「ハウスの鍵はもらってあるの?」と須山が水沢に訊く。
「いや、まだだ。途中で管理事務所に寄って、もらうよ」
 おれたちはトラックに荷物を積み込んだあと、青梅街道を下って福生にある元米軍ハウスに向かうことになっていた。借りたハウスは八高線の東福生駅の裏にあり、その一帯には数軒のハウスが集まっていた。ハウスを借りて共同生活しながらバンドやろうぜ、と言い出したのは水沢だった。彼は生まれてこの方一人暮らしをしたことがなかったので、一度家を出てみたかったのだろう。
 荷物を積み込んだあと、おれは大家に挨拶して鍵を返した。水沢の運転するトラックは高田馬場を出発して、一路福生へと向かった。三人乗った座席は窮屈だったが、おれたちは新しい生活のことを想ってワクワクといい気分だった。おれはFENを聴こうとカーラジオをつけた。とたんにハイジャックという日本語が耳に飛び込んできた。日本の局の臨時ニュースらしかった。
 乗客・乗務員137人を乗せた、パリから東京へ向かう日航機が、オランダのアムステルダム空港を離陸直後に、パレスチナ・ゲリラ5人組にハイジャックされました。ハイジャック犯は、アラブ首長国連邦のドバイ空港に向かうよう要求している模様です。
「やっとベトナム戦争が終ったと思ったら、半年も経たんうちに、また物騒なことが起こるのか」と水沢が言った。
「誰もが平和を願ってるはずなのになあ。もしかしたら、平和がいいんじゃなく、平和を願うのがいいのかな」と須山は、いつものごとく穏やかな口調で言った。
 おれはラジオのダイヤルを回して、FENにチューニングした。
 あと二人のメンバーも交えて、入居してから最初にやったことは、部屋の防音だった。ハウスには小部屋が三つと、広めのリビングがあった。そのリビングの窓をベニア板で塞ぎ、カーテンの代わりに毛布や布団を取り付けた。出入り口のドアも同様にして、練習スタジオが出来上がった。とはいえ、大音量で演奏すれば、かなりの音が外部に漏れるのは避けられなかった。
 そんな日々を送るうちに、季節は夏から秋へ、そして初冬へと移ろっていった。
 バンドの練習以外の時間を、おれたちはレコードを聴いて過ごした。ニューミージックマガジンの新譜情報を見ていたら、十一月十日にジョン・レノンのニューアルバム『マインド・ゲームス』が出ると載っていた。
 十一月も終り近くのある日、おれはタバコを買いに出たついでに、福生の町をブラブラしてみた。16号線を背に、福生駅の方に歩いて行くと、産婦人科があった。病院を通り過ぎたあたりで、院内から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。たった今、生まれたのかもしれない、とおれは思った。なんとなく空を見上げると、青と白のコントラストが美しく広がり、高みから光が注いでいた。一瞬、意識が過去と未来に飛翔し、おれは永遠を垣間見た気がした。そして、今日生まれた誰かと未来のある日に出会うこともあるかもしれないと、ふと思った。

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