トランジットの夜
機体整備のためにマニラで一泊することになった。トランジットビザが発給され、おれたち乗客はバスで航空会社が用意したホテルに移動した。二人部屋があてがわれ、おれは日本人の若者と同室になった。彼もおれと同様にバックパックを背負った貧乏旅行者だった。
部屋に落ち着いたおれは、一寝入りするという彼を残してホテルのプールに行った。水着が無かったので、黒いブリーフで代用した。照明でキラキラゆれる水面に仰向けになると、上空に星が見えた。
しばらく泳いでいると、ビキニを着けた白人の女性が姿を見せた。たぶん乗客の一人だろうと思った。すらりとした肢体で、栗色の髪を後ろに束ねていた。水に入ったあと、近くに来たので挨拶を交わした。
「いい気持ち」
予期せぬ日本語に、日本語上手ですね、とありきたりなことを言った。
「主人が日本人だから」
鳶色の瞳の彼女は、おれとあまり違わない年齢のように思われた。
「ご主人は?」
「日本にいます。私だけ里帰りしてきました」
「羽を伸ばしてきたのかな?」
ハネオノバス? と彼女は首を傾げた。
「のびのびしてきたかって意味だよ」
おれは笑って言った。
「あー。まあまあ」と彼女も微笑む。
それから二人でしばらくの間泳ぎ、南国特有の熱い風が吹くプールサイドで、冷たいモヒートを飲みながら話した。
一年近く続いた旅も終わりに近づき、けだるさと寂しさが入り交じったような気分だったが、思いがけない出会いに少しだけテンションが高まった。
「部屋に来ない?」
突然、彼女が言った。瞳を覗き込むと、中にゆらめくものがあった。
「散歩しようか」
おれは立ち上がって手を差し出した。
「だって、誰かと同室だろ?」
彼女は苦笑いして、おれの手を取った。
おれたちは、ほぼ渇いた水着の上から服を着て、手をつないだまま庭園の方へ歩いていった。照明が植え込みに遮られている場所に来たとき、おれたちは立ち止まって抱き合った。久々に触れる女性の柔らかさだった。唇を合わせると、ぬめった暖かなものが、おれの口に入ってきた。
しばらく舌を吸い合っていると、前方に何かの気配を感じた。顔を上げると、植え込みの端から男が覗いていた。じっと見ていると、気づかれたと思ったのか、いなくなった。
「ここはまずいよ」
おれは彼女の肩を抱いて歩き出した。愛し合うのに適当な場所を探してみたが、けっこう人に出くわしたりして叶わなかった。それで結局、彼女の部屋に行くことにした。幸い同室の女性は外出しており、おれたちはすぐに服を脱ぎ捨ててベッドに横になった。
キスしながら互いの体を愛撫するうちに、肌はじっとりと汗ばんできた。彼女の下腹部に手を伸ばすと、しとどに潤っている。しばらく指を遊ばせてから、内部に差し入れた。彼女は小さな悲鳴を上げる。二本の指を曲げたり伸ばしたりしながら、時間をかけて乳首を舐めた。
彼女の口から異国の言葉が漏れる。英語ではない。言葉の意味はわからないが、言いたいことはわかる。おれは指を抜いて、代わりのものをあてがい、挿入した。彼女は大きく呻いて、おれの背中に回した腕に力を込め、腰をグラインドさせる。おれは危うくいきそうになり、彼女の腰を押さえつけた。
「ゆっくり楽しもう」と耳元でささやく。
「久しぶりなの」
彼女は切なげな声を出した。
里帰りが長かったのだろうか、それとも夫婦仲が冷えているのか、そんなことを思いながら、おれもそうだと言った。
熱くうごめく内部の感触に慣れてきたので、少しずつ動かし始めた。今度は大丈夫そうだった。同室の人が戻って来やしないかと頭の片隅で考えつつも、そのことが刺激にもなって、おれは彼女の長い脚を肩に乗せたり、豊かな尻を後ろからつかんだりした。
絶え間なく声を上げる彼女にコンドームが無いと告げると、そのままでいいと言った。やがて彼女はオーガズムを迎え、おれも彼女の中で果てた。
しばらくそのままの格好でいて、汗が不快になったので体を離し、並んで天井を眺めた。大きな扇風機がゆるく回っている。
「なぜ、おれと?」
ふと、そう思って訊いてみた。
「好きになったの」
おれは首を回して彼女の頬にキスをした。
「でも、今夜だけ」
「そうなのか」
「夫が待ってるもの」
しょせん火遊びの相手に過ぎなかったのかとがっかりしたが、それはおれとて同じだった。ただ、その場限りであろうとなかろうと、セックスによって癒し合えることもあると解るくらいの生き方はしてきたつもりだ。
「おれも好きだよ」
そう言って体を起こし、唇を合わせた。
おれは部屋に戻ると、シャワーを使ったあと、数時間眠った。
成田に着くまで彼女を見かけなかったが、税関で一緒になった。インド帰りのおれは厳重に調べられ、やっと通関すると、彼女が待っていた。
「お元気でね」
「あんたも」
「ここからは別々に行きましょ」
彼女は、にこっとすると先に歩き出した。その場に立ったまま見送ると、やがて雑踏にまぎれて見えなくなった。
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