祭囃子の夏
番号札を手に順番を待っている咲(さき)の耳に懐かしい響きが聞こえてきた。祭囃子の音だった。咲のいるハローワークの近くに小さな神社があった。笛や太鼓の調べが、昼下りの熱風に乗って、この小さな町の隅々にまで届いていた。
ハローワークの室内には暗い顔をした男女が新着情報の掲示板やファイルを食い入るように眺めていた。気持ちが滅入っているのは咲も同じだった。
いま二十代半ばの彼女は、大学を卒業したあと中堅の商事会社に就職したが、何故かひと月で解雇された。君には、うちの会社は合わないと思う。もっと君に相応しいとこを探してみたら? これが上司のくれた餞の言葉だった。
咲はその後、伝手を頼ったりハローワークに通いつめたりしたが、再就職は叶わなかった。いったい自分のどこがいけないのだろう。他人に不快な思いをさせる性格だとも思えないし、器量だって人並みなはずだ。たまたま運が悪かったに違いない。そう思い直した咲は再び求職活動を始めたが、結果は同じだった。ノイローゼ寸前にまで追いつめられた彼女は、両親の勧めもあって都会暮らしに別れを告げ郷里に戻った。
しばらくのんびりと過ごすうちに少しずつ元気を取り戻した咲は、仕事探しを再開した。しかし人口数万の小さな町には、働き口がほとんど無い状況だった。おりしもその月の完全失業率は過去最悪の五パーセントを記録し、完全失業者は三百三十六万人に達していた。
通りを練り歩く御輿担ぎの声が、だんだんと近づいてきた。夏祭か、懐かしいな。咲は祭りが大好きだった。地元の神社の石段下には真っ直ぐな道が一キロほどのびており、その道の両側は屋台で埋めつくされていた。色とりどりの幟旗を立てて、林檎飴、イカ焼き、金魚すくい、セルロイドのお面、輪投げ、綿菓子などの店がずらりと並んでいた。手前からその光景を見るとき、咲は嬉しさと興奮でいつも気が狂いそうになった。特別にもらった小遣いを握りしめて、何を買おうかと、彼女は通りを行ったり来たりした。
子ども時分の咲は、その瞬間の喜びを何の照れもなく全身で表現していた。明日に不安がなかったのは、今日に生きていたからかもしれない。
「二十六番の方」
窓口の職員が声を上げた。
「はい」
回想に耽っていた咲は現実に引き戻され、あわてて返事をした。そして、心に生じたかつての自分の輝きを反芻しながら、窓口に向かって歩き始めた。
耳元に届く祭囃子の調べが、そんな彼女の背中をそっと押して、眩い夏の午後を渡って行った。
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