ヨミトチャ!
バスの屋根に乗って幾つもの峠を越え、ようやく着いた町は闇の中に沈んでいた。おれたちは重いバックパックを背負って、街灯もなく真っ暗な大通りを勘を頼りに歩き始めた。旅に慣れると、食と宿の在処が本能的に解ってくるのだ。
しばらく行くと蝋燭の炎が金色に揺らめくレストランがあった。レストランといっても小綺麗なものではない。室内だけでなく屋外にまでテーブルが並べられ、海外からのツーリストでテーブルはほぼ埋まっていた。一般のネパール人が気軽に入れる値段ではなかった。
おれとアンナは空いている小さなテーブルを見つけ、バックパックを地面に下ろして席に着いた。ほどなくネパール帽を被った若い男が使い古されたメニューを持ってきた。むろん英語で書いてある。
「What you want?」
おれはメニューを開きながら、ブロークンな英語でアンナに訊く。
「You know this?」
ノルウェー人のアンナもさすがにネイティブ並みというわけにはいかない。彼女が指差した先には、バフステーキという名があった。水牛の肉のステーキだった。塩と胡椒のシンプルな味付けだが、なかなかいける味だ。おれはアンナに内容を説明し、よかったら食べてみたら? と勧めた。好奇心旺盛な彼女は、案の定「Why not?」と言った。
アンナと初めて会ったのはインド北部の標高1800メートルの丘陸地帯にあるダラムサラだった。デリーからバスに十二時間揺られてやっと辿り着いたおれは、空腹を満たそうと地元の人たちが行く食堂に入った。縦に細長い店の奥に進むと、餃子に似た料理を食べている若く小柄な白人の女性がいた。目があったので会釈し、ついでに料理を指差して「Good?」と訊いた。
彼女は輝くような笑顔を見せ、
「This is great!」と答えた。
それがアンナだった。
「Have a seat?」
おれは同席を請うて、向かいの席に座った。
餃子に似た料理はモモという名だと彼女が教えてくれた。油で揚げてあり、唐辛子味のタレをつけて食べる。インド製のビールによく合った。
おれたちは食事しながら色々な話をした。もちろん片言の英語を使うので、直感や想像力を駆使しなければならなかったが。おれはモモを平らげたあと、食い足りないので、平べったい揚げパンにジャムを塗ったものを頼んだ。近くの席にいたチベッタンが旨そうに食べているのを見たからだった。
ダラムサラに数日滞在し、おれはアンナと一緒に南インドに向けて出発した。ルートによってバスと鉄道を併用した。
列車がとある駅に停車したとき、いつものように物売りたちが押し寄せてきた。アンナはオレンジを、おれは素焼きのカップに入った熱いチャイを買った。インドでは普通ものを買うときに値切るのがあたりまえなのだが、アンナはいつも向こうの言い値で買っていた。おれがその訳を訊くと、わたしにとってそんなに負担になる額じゃないし、彼らが少しでも潤えばいいじゃない? と言った。
ふたたび列車は動き出し、緑豊かな平原を進んだ。おれは飲み終えたチャイのカップを窓から地面に叩き付けて割った。土で出来ているカップは元の大地に還っていった。窓からの風で、アンナの剥くオレンジのいい香が辺りに渡っていった。
ゴアに着いて安いコテージを借り、海辺を散策した。バナナを売っている屋台があり、赤いバナナを買った。皮をめくると中身もやはり赤い色をしていた。アンナが何か食べたいというので、おれたちは椰子の葉で屋根を葺いた食堂に入った。木製の粗末なテーブルを囲んで大勢のインド人が食事をしていた。旅行者はおれたちのみだった。椅子に座ると給仕の男がおれたちの前に大きなバナナの葉を置いて去った。すぐに別の給仕が左手に抱えたボウルからライスを葉の上に乗せ、さらに先程の男がカレーをその横に注いだ。カレーはそんなに水っぽくはなく、右手でライスとミックスして口に運ぶことを、おれたちは回りを見て学んだ。
名前を呼ばれて我に返ると、アンナが不思議そうな顔で俺を見ていた。しばし夢想にふけっていたらしい。きみと出会ってからのことを思い出していたんだよ、とおれは言った。
バフステーキが食卓に並び、おれたちは食べ始めた。肉を咀嚼してアンナは軽く頷いた。口に合ったようで、まずは一安心だった。
さーっと風が吹いて、テーブルに置かれた蝋燭の炎が大きく揺れた。夜の匂いが濃くなった気がして、おれは顔を上げ暗い彼方を見やった。その方向にはヒマラヤの高峰があるはずだった。明後日にはポカラに向けて発とうと思った。
いよいよトレッキングの開始だ。尾根に散在する村々では、いったいどんなものが食べれるのだろう。おれは旨そうに食事するアンナの口元を眺めながら、これからの日々に思いを馳せていた。
作者注:タイトルのヨミトチャとは、ネパール語で〔とてもおいしい!〕の意味です。
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