文体のこと

おれの書く文章に文体と呼べるものがあるとすれば、それが形成された要因として故立原正秋の存在がある。大学生協の本棚にあった文庫本の書名に惹かれて偶然手を伸ばした。読み出すと引き込まれ、そのまま半分くらい頁をめくった。以来、彼の作品はほとんど読了し、その潔い文体に知らず知らず大いなる影響を受けたと思う。

tachihara


2 Responses to “文体のこと”

  • たま Says:

    裸になるより?!

    こんにちは。ブログ、拝見してます。

    好きな作家を明かすことは、ある意味、裸になるより・・露出することのような・・気がするのです。
    何に心を奪われるとか、内側の深い部分が透けて見えてしまうような。なんか恥ずかしくて、明かせないんです。私。


  • tomo Says:

    たまさん
    ブログ読んでいただいてありがとうございます。
    たまさんの言われることは、わかる気がします。
    少しずれますが、ある個人の思想信条を探るために蔵書を調べるなんてことも、かつてあったと聞きますし。
    文章を書く立場から言うと、フランスの博物学者ビュフォンの文は人なりという言葉にもあるように、書くこと=裸になることなので、その覚悟を持ってのぞんでいるわけです。
    好きな作家を挙げることも同様です。
    たまさんの恥ずかしいという気持ちは大切になさって、ありのままでいいのではないでしょうか。


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