パラレルワールド
私の見ている世界は私の世界であり、もしかするとあなたの見ているあなたの世界とは違うかもしれない。どうあがいてもあなたになることはできないから、あなたの幸せを願うなら、あなたが幸せでいる私の世界を選び、そこで生きよう。ある人によると、同時に27通りの次元に私が存在しているとか。冬の夜のトンデモ話です。
私の見ている世界は私の世界であり、もしかするとあなたの見ているあなたの世界とは違うかもしれない。どうあがいてもあなたになることはできないから、あなたの幸せを願うなら、あなたが幸せでいる私の世界を選び、そこで生きよう。ある人によると、同時に27通りの次元に私が存在しているとか。冬の夜のトンデモ話です。
輪廻という語は梵語で流れるという意味らしい。死後は永遠に眠れるわけではなく次の生に移行せねばならないとしたら、いつゆっくりできるのかという話になる。よく考えたら、そりゃ今しかないだろうよ。つまりは、歩きながら休むということだ。生を楽しむとも言えるかな。問題山積みでも、そういう心持ちで生きようと思う。
百か日の法要を営んだ。父が他界して、もうそんなになるのかと思う。霊前で焼香するのが日課になっているので、遠く離れた気はしないが、しかしやはり近くて遠いところに行ってしまったのだろう。ナウい坊さんが読経してくれた。春には本堂でコンサートを主催すると言っていた。三味線の師範でもあった父なら、きっと頷く。
雪の舞う中を生地の八幡宮に出かけた。鬱蒼とした木立に囲まれた境内は無人で、ただ歴史の気配だけが漂っていた。参拝を終えて、社の前から先達に電話をした。話しながら空を見上げていると灰色の雲が割れて、少しのあいだ青空が覗いた。大きな変化の予感がした。本当にやりたいこと、すべきこととは何かを再考してみよう。