2008 9 30

病室にて

ベッドの上では酸素マスクを付けた父が短い周期で呼吸をしている。今朝から意識がなくなって、呼びかけにも応えない。延命装置は使わないというのが、本人および家族の意思である。意識上ではわからなくとも、心の深いところでは、そばに誰かがずっといてくれることに安心しているだろうと思う。遠くにいる親族の分までも。


2008 9 29

響く言葉

色々なブログを読んでいると、気になる言葉に出会うことがある。たとえば「生ある内は遅すぎるということはない。生き方を間違えたなら、潔く認め修正する。これは、この世に生きる者だけの特権である。別次元に移ると固定化される。だから人間は死ぬ最後の一瞬までが大事なのだ。(大意)」真偽のほどはわからないが、響いてくる。


2008 9 17

最後の試合

千キロ走って、次男が出場するサッカー試合の応援に行ってきた。負ければ高校最後の試合になる。そして残念ながら負けたが、点差が開いているにも拘わらず、チーム全員が最後まで諦めずに奮闘していた。悔し涙が宝になることもある。三年間よくやったなと伝えて、試合終了後に降り出した雨の中を帰途についた。おつかれさん。

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2008 9 16

音楽が結ぶ縁

バンド活動を続けていてよかったと思えることの一つに、初対面の人とたちまち心の深い部分で交流できる場合があること、そして世代を越えた通い合いが生じることである。他の分野でも同様なケースがあるだろうけど、おれにとっては音楽だ。ハートに届く歌声や演奏がある一方で、そうでないものもある。その違いは何だろう?


2008 9 11

現場の声

行きつけの美容室で髪を切った際、懇意にしている店長に相談した。次男が美容師になるために行く専門学校についてだった。事前にネットでリサーチした内容と真逆の事実が判明した。現場ならではの新鮮な情報を得ることができて幸運だった。次男は過日にも店長直々にアドバイスや励ましをもらった。彼には感謝しております。


2008 9 5

贈り物

慌ただしい一週間だった。父が危篤になり、親族が集まったり、事後の準備をしたりしていた。幸いにも少し持ち直して、今は小康状態である。父とは若い時分から確執があり、何度も何度も諍いがあった。だから現在の穏やかな最後の日々は、天からの贈り物のように感じる。この世での別れが、互いの新しい旅立ちとなるだろう。