2006 6 30

夏越の大祓(なごしのおおはらい) 2

午後七時から歌聖柿本人麿を祀った柿本神社にて夏越の大祓の神事があるというので出かけた。祓いの儀式の後、茅(かや)の輪の前で「水無月の夏越の祓する人は千歳の命延ぶといふなり」と唱え、一礼して茅の輪をくぐって右に回った。驚いたことに、宮司さんと妹は小中高が一緒の同級生で、彼らは三十年ぶりかの再会とのことだった。

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2006 6 30

夏越の大祓(なごしのおおはらい) 1

これは一年の半区切りに当たる六月三十日に、お祓いをして罪穢れを祓い、迎える暑い夏を健やかに過ごそうという神事だ。妹と氏神に参拝に出かけた。神社に着くと、いつもは無人の拝殿が開いており、夏越の大祓の神事が始まったタイミングだった。祝詞を上げたあと見物していると、呼ばれて御神酒と米を頂いた。流れに感謝!

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2006 6 29

ひなかえる

摘花作業中に同僚が呼ぶので行ってみると、柿の木に作られた巣の中に、産まれたての雛鳥がいた。さっき卵から出てきたばかりのようにフニャフニャだ。嘴を開けて親鳥の帰りを待っている。「そっとしといてやるか」と同僚が言い、おれも頷く。親は子のために一生懸命だ。我欲のために子を殺すのは、人間ぐらいのものだろう。

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2006 6 29

末の妹

ここのとこ、父の見舞いを兼ねて三人の妹たちが次々と帰省した。現在は六つ違いの末のが滞在中だ。俺が25歳のときに高円寺のボロアパートに住んでいたら、隣の部屋に越してきた。それ以来(というのもヘンだけど)の付き合いである。独特ののんびりした感じが、いつまでも変わらないのが好ましい。お互い歳を取ったよな。

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2006 6 24

鳥の卵

脚立を使って柿の花を摘んでいたら鳥の巣があり、中に紫色の斑模様の小さな卵が四つ入っていた。何て鳥なんだろう? 枯れた木の枝などを丹念に集めて作った巣は、なかなか立派な出来だった。ためしに一つ、そっと摘んでみたら、どこかでハラハラしながら見ている視線を感じた。心配いらへんよ、親鳥はん。ちゃんと元に戻すし。

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2006 6 21

柿畑を渡る風

柿畑の上に広がる空の続きには海が横たわっている。その波頭をかすめた風は陸地へと向かい、汗まみれのシャツを脱ぎ捨てた季節労働者の上半身に清涼なキスをして吹き去る。おい、待てよ、風。過ぎ去ったことを過去と呼ぶって、今初めて気づいたよ。去年も見たこの風景が教えてくれた。二度とその日に立てない昨日の連なり。

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2006 6 17

ふたたび柿畑へ

勤務時間の関係で夕方の父の世話が難しくなったので、メロン出荷の仕事を辞め、昨年もやった柿の摘花を始めた。例年ならとっくに取り掛かっているのだが、今年は寒かったので、これからというタイミングだった。不思議な縁を感じている。晴天、曇天、雨天のもと、自分のペースで作業ができることは、おれに合っているようだ。

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