2006
4
23
気に入りの場所
誰にもきっと、そこへ行くと心が癒されるような、電池切れになったやる気のバッテリーが充電されるような、そんな気に入りの場所があると思う。それは自然の中や街角のカフェや夜の酒場や恋人の胸かもしれない。午後から久々に海辺に出かけて本を読み、持参のヨーグルトを食べた。海はキラキラした衣装を纏って夏に向かう。
誰にもきっと、そこへ行くと心が癒されるような、電池切れになったやる気のバッテリーが充電されるような、そんな気に入りの場所があると思う。それは自然の中や街角のカフェや夜の酒場や恋人の胸かもしれない。午後から久々に海辺に出かけて本を読み、持参のヨーグルトを食べた。海はキラキラした衣装を纏って夏に向かう。
空港の到着ゲートから現れた妹は、ジーンズを履き、キャップを被っていた。予想してたよりも若々しく、何だか安心した。「久しいな」と言って肩をポンポンと叩くと、会えなかった20年がスルスルと折り畳まれた。わだかまりや違和感もなく、自然に並んで歩き出したとき、離れていても共に生きていたことを知ったのだった。
書き物や読書やTVを楽しんでいた父は、心筋梗塞を患って以来、ベッドの中でじっとしている。何を考えているのかと訊くと、人生の細部を思い出していると言う。戦争やシベリア抑留も経験しているから楽しいことばかりではあるまいが、頭の中の劇場で人生のプレイバックが尽きることはないのだろう。長生きはしてみるものだ。